バーンスタイン指揮、ニューヨークフィルの来日記念盤#40年前のCD 第584回 不定期連載ということで#40年前のCDという書き込みを続けているところですが、CBSソニーが1985年10月21日に発売していた新譜に、バーンスタインの来日記念CDとして発売された4点がありました。この当時のCBSソニーのバーンスタインの新譜CDとしては、バーンスタインの録音をCD化する“バーンスタインの世界”というシリーズの第1期として10点のCDの発売を予告し、第1回発売の4点、第2回発売の1点が発売され、残る5点は第3回発売として1985年8月25日発売と予告されていたのですが、これが発売延期となっており、この5点とは別に、4点の来日記念CDが発売されたのでした。 このときのバーンスタインの来日公演はイスラエルフィルとのもので、9月3日から14日にかけて国内で9公演が行われ、プログラムは以下の2種類でしたが、特にマーラーの交響曲第9番の壮絶な演奏が、伝説の名演として後世に語り継がれることになりました。
CBSソニーから発売された4点のCDはいずれもニューヨークフィルを指揮してのもので、その発売内容は以下のとおりでした。特にLPで繰り返し愛聴していたマーチ名曲集がCD化されたことが何よりも嬉しいリリースでした。
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高木凛々子のイザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタヴァイオリニストの高木(髙木)凜々子(たかぎ りりこ, 1996-)は,今や多忙な演奏活動を続ける若手人気奏者ですが,肝心の演奏も年々充実度を増してきている感があります。早くから録音にも積極的で、この雑談でも2020年発売の“凛々子ブリランテ”と,2022発売年の“リリコ・カンタービレ”の2点について採りあげており、続いてバッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータの全曲録音も行っていたところです。 さらに今度は、イザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ全曲が発売になりました。今年の2月に稲城市立iプラザホールでレコーディングセッションが行われたものです。 実演の面でも、録音の面でも、高木凛々子の貪欲までの積極姿勢というか、その驚異的な活動量は、全く見上げたものだと思うばかりなのですが、そのような中で録音されたイザイの無伴奏ソナタが果たしてどのような演奏となっているのか、楽しみに聴かせてもらおうと思っています。
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バレンボイム指揮、ベルリンフィルの幻想交響曲#40年前のCD 第583回 不定期連載ということで#40年前のCDという書き込みを続けているところですが、CBSソニーが1985年10月21日に発売していた新譜に、バレンボイム指揮のベルリンフィルによる、ベルリオーズの幻想交響曲がありました。バレンボイムは1968年からベルリンフィルを指揮しているのですが、これまで録音がなく、これがベルリンフィルとの初録音でした。さらには、ベルリンフィルが米CBSに録音を行うのもこれが初めてでした。この時期のベルリンフィルの録音としては珍しくなっていた、ベルリンのイエス・キリスト教会でのレコーディングセッションです。 バレンボイムはパリ管を指揮してドイツ・グラモフォンにベルリオーズの幻想交響曲を録音していたところで、これが2度目の録音でした。 1980年代になると、カラヤンの後継者としてベルリンフィルの指揮者になるのは誰かということが、繰り返し話題になっていたところで、バレンボイムのその候補の1人と目されており、そのような中で、ベルリンフィルを指揮して米CBSに初録音を行ったということで、今後の展開の見通しも含めて、愛好家にとっては非常に気になる新譜でもありました。 これはCDとLP(28AC2100)の同時発売で、演奏については「レコード芸術」1985年12号の月評での小石忠男氏は「バレンボイムとしてはパリ管弦楽団を指揮した旧盤以上に華麗であり、ベルリン・フィルのもつ幅広い表現力を生かして大胆な自己主張を表している。この新旧盤を比較してみると、基本的な解釈はさほど変わらないが、新盤ではいっそう流動感が強まり、全5楽章の設計にすきがない。全体の音楽的な頂点は当然、最後の2つの楽章におかれ、壮絶な迫力にみちあふれている。しかし第4楽章が意外なほど楽天的で描写的であり、終楽章が一転して退廃と陰惨の気分をもつのは、現世と亡霊の世界を区別した指導者の読みの鋭さを表していうことがない。これはおびただしいこの曲のレコードでも注目に値する秀演といわねばなるまい。」と評して推薦としていました。 もう一方の諸井誠氏は「特に終わりの2楽章が気に入ったが、第1楽章や第3楽章のセンチメンタルな部分で、バレンボイムというよりも、オーケストラにやや線の太すぎる部分が感じられた。熱っぽく燃え上がるところでは、現在の指揮者中随一の迫力を示すのだが、繊細緻密さが要求される部分ではアバドや最近のムーティなどに一歩譲るのは致し方ない。ベルリンフィルを振るとなると、フランス物を、たとえベルリオーズの「幻想」とはいえ、このオーケストラで振るのは、バレンボイムにひとあじ違った表現をこの名作で狙う野心があったからではなかろうか。それがかつてのミュンシュ/ボストン交響楽団のスケールの大きさ、線の太さにかわるべきものであったとしたら、バレンボイムはかなり成功したことになろう。」と評して推薦としていました。 ちなみに私の聴いた感想はというと、 スコアの再現という観点から聴くならば、非常に明瞭明快で、バレンボイムがつくり出している演奏は、重厚で彫りが深くてドラマチックであり、それがベルリンフィルの極めて高い技量によって、目の覚めるような鮮やかさと、起伏の大きい演奏が実現されており、非常に高度なオーケストラ演奏が繰り広げられているのですが、他方、この作品ならではの一心不乱なひたむきさや、感情の横溢、しなるようなオーケストラサウンドといった面は希薄なので、バレンボイムとベルリンフィルによるデモンストレーション的効果の高い演奏ではあるとしても、それはこの作品の一面性でしかないのではないかと思えてしまったのでした。
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ボッケリーニ・トリオのジャン・クラ、イザイ、フランセの弦楽三重奏曲2014年に結成されたトリオ・ボッケリーニは、韓国生まれでカナダとオーストラリアで育ったヴァイオリンのカン・セヨン、米国生まれのヴィオラ奏者で2018年からストックホルム王立フィルハーモニー管弦楽団の首席ヴィオラ奏者を務めているヴィッキ・パウエル、イタリアのチェロ奏者で、2016年にライプツィヒの国際バッハ・コンクールのチェロ部門で第1位を受賞し、現在はカメラータ・ザルツブルクのソロ・チェロ奏者も務めるパオロ・ボノミーニの3人による弦楽三重奏団です。録音は、独GENUINから2019年録音のベートーヴェンの弦楽三重奏曲第2~4番(GEN20699 )がリリースされていたほか、現在は瑞典BISに録音を行うようになっているようで、ハンガリーの弦楽三重奏曲の作品を演奏した1枚(2107)が発売されていました。
そのトリオ・ボッケリーニの新譜として、今度はフランスの弦楽三重奏曲を演奏した1枚が発売になりました。 収録されているのは、ジャン・クラの弦楽三重奏曲、イザイの弦楽三重奏曲「シメイ」、ジャン・フランセの弦楽三重奏曲で、最後にアンコールのようにドビュッシーの月の光の弦楽三重奏版が演奏されています。 フランス(もちろんベルギーも)近代の作品が大好きな私は、この収録内容を見ただけで、もう飛び付いて入手したところです。あとは楽しみに聴かせてもらおうと思っています。
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ヒリヤード・アンサンブルのバードの3声、4声、5声のミサ曲ほか#40年前のCD 第582回 不定期連載ということで#40年前のCDという書き込みを続けているところですが、エンジェル(東芝EMI)が1985年10月19日に発売していた新譜に、ポール・ヒリヤー指揮のヒリヤード・アンサンブルによる、ウィリアム・バードの3声のミサ曲、4声のミサ曲、5声のミサ曲と、4曲の宗教曲(モテット)を収録した2枚組CDがありました。ウィリアム・バード(William Byrd, ca1543-1623)は、トーマス・タリスと並ぶ、英国ルネッサンス最大の音楽家で、自身はカトリック教徒でしたが、王室礼拝堂のジェントルマンを務めていたため、英国国教会の作品も作曲していました。 バードの3声のミサ曲、4声のミサ曲、5声のミサ曲の3曲は、カトリックのミサ曲の形式ではあるのですが、作曲意図については諸説あるようです。当時、英国国教会でもラテン語のミサ曲が演奏されていたため、様々な可能性が考えられています。 これらは4声のミサ曲 → 3声のミサ曲 → 5声のミサ曲の順に出版され、3曲とも英国ルネッサンス期の傑作であり、3曲それぞれに特色があって、味わい深く、感銘深い作品です。 これら3曲のミサ曲はLP時代から録音がされてきており、中でもアルフレッド・デラーと、デラー・コンソートによる仏ハルモニアムンディ盤(JRZ2011/3)は、1972年度の日本レコードアカデミー賞の音楽史部門を受賞していました。 今回の録音では、1声部1人による演奏となっており、3声の作品なら3人、5声の作品なら5人で歌われています。カップリングの4曲の宗教曲集も、4声ないしは5声であるため、4人または5人で歌われています。さらに今回は、5声のミサ曲、光と日なるキリストと、天に喜び地には歓喜があふれの3曲において、最上声部をソプラノのジュリアン・フィッシャーが歌っています。 これは国内ではCDのみの発売で、世界初CD化でもありました。演奏については「レコード芸術」1985年12号の月評での皆川達夫氏は「好演である。イギリスのベテラン歌手たちが、本場ならではの手なれたアンサンブルを聴かせてくれる。しかし、多少の不満がないわけでもない。各パートの動きにやや思いこみが強く。ポリフォニーの透明な線の統一を傷つけてしまっているのである。これだけ何度も演奏されている作品だけに、自分たちの演奏の独自性を主張したかったのだろうが、それがともすれば生々しく響くことになった。そのあたりの微妙な限度を、指揮のポール・ヒリヤーは踏み越してしまったようだ。」と評して準推薦としていました。 もう一方の服部幸三氏は「あたかも聴き手を透明な空気に包みこむような男声ソロ・アンサンブル(5声のミサではソプラノが加わる)の繊細無比な室内的な演奏スタイルが、はたしてミサ曲というジャンルにそぐうかどうか。それが、ひとつのポイントになる。表現の心憎いまでのこまやかさと透明度を望むなら、むろんソロ・アンサンブルにしくはない。しかし、私個人の受けとり方かもしれないが、ミサという形式の没主観的な典礼性と荘重さからいいって、各パートに少なくとも2人、できれば3人程度をかけたいくぶんヴォリュームのある歌い方の方がふさわしいように思う。つまり、いくぶん線が細すぎるのだ。」と評して準推薦としていました。 ちなみに私の聴いた感想はというと、ヒリヤード・アンサンブルならではの、作品の高度な再現と、完成度の高い声楽アンサンブルの演奏を聴かせており、特に今回は一部に女声ソプラノも加わって、明るい華やかさもありますし、その歌いぶりも四角四面なものではなく、自在なフィーリングで歌われていることが、このアンサンブルとしては意外に思えるところでもあり、その意味では存分に聴いて楽しめるものではあるのですが、各パート1人で演奏されていることでミサ曲の趣が希薄になってしまい、声楽アンサンブルの演奏として聴こえてしまっていることも事実で、試みとしては大変興味深いものではあるのですが、ミサ曲の演奏として、聴く者に実り豊かな成果をもたらしてくれるまでには至らなかったのかな、という気がしています。
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タワーレコード VINTAGE SACD COLLECTIONシリーズ第45弾ユニバーサルの音源をSACD化する、タワーレコードの "VINTAGE SACD COLLECTION" は、音匠仕様SACDハイブリッド盤の高音質盤の仕様で、2016年9月に第1回の新譜が発売されて以来、着々とリリースを重ねており、今年の4月には第44弾となる2点が発売されていたのでしたが、さらに第45弾の新譜が先月発売されていました。今回発売になったのはドイツ・グラモフォン録音が2点で、1点目は、ベーム指揮、ウィーンフィルによる、ブラームスの交響曲全集の3枚組で、アルト・ラプソディ,ハイドンの主題による変奏曲と悲劇的序曲もカップリングされています。 これはSACD既出で、2019年1月に全く同じカップリングの3枚組の音匠仕様SHM-SACDシングルレイヤ盤(UCGG-9152/4)で発売されていました。
今回の発売に当たってのリマスタリングはベルリンのエミール=ベルリナー・スタジオで新たに行われているのですが、ベースになっているのが上述の音匠仕様SHM-SACDシングルレイヤ盤のマスターとなった、2018年のマスターで、これに対してマスタリングを行っています。 となると、元が同じですから、どういう音の違いになっているのか聴き比べてみたところ、1つは音場・音像感の違いがあり、音匠仕様SHM-SACDシングルレイヤ盤は、左右・奥行きのバランスが良いのに対し、今回の音匠仕様SACDハイブリッド盤では、さらに左右に広がって、奥行き感が感じられなくなっています。その上、音の質感も情報量を増したような緻密さがある一方で、シャリシャリした粒子感があって、なんだかやらずもがなのリマスターのようにも思えてしまいました。 もう1点は、フリッチャイ指揮のベルリン放送響のステレオ録音が2曲収録されており、1曲はチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」、もう1曲はマルグリット・ウェーバーのピアノ独奏によるラフマニノフのパガニーニの主題による狂詩曲です。 このうち、チャイコフスキーの「悲愴」は、2016年8月に音匠仕様SHM-SACDシングルレイヤ盤(UCGG-9093)で発売されていました。ラフマニノフは初SACD化です。 また、この「悲愴」のSACDが発売された当時、CD感想を書き込んでいました。 こちらはオリジナル・アナログ・マスターテープから新規に192kHz/24bit PCMに変換した後に、SACDレイヤとCDレイヤのためのマスタリングを行っています。 チャイコフスキーの「悲愴」についても音質を聴き比べてみると、既出の音匠仕様SHM-SACDシングルレイヤ盤の音質は、音の情報量はあるのですが、やや明るめでいくぶん無機質な感じであるのに対し、今回の音匠SACDハイブリッド盤の方が、アナログ録音らしい音のテイストがあって、オリジナルマスターの音の質感を再現できているのではないかと思われました。
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ヒリヤード・アンサンブルのダンスタブルのモテット集#40年前のCD 第581回 不定期連載ということで#40年前のCDという書き込みを続けているところですが、エンジェル(東芝EMI)が1985年10月19日に発売していた新譜に、ポール・ヒリヤー指揮のヒリヤード・アンサンブルによる、ジョン・ダンスタブルのモテット集がありました。ジョン・ダンスタブル(John Dunstable [Dunstaple], ca1390-1453)は、中世末期から初期ルネッサンス期のイギリスを代表する音楽家で、ちょうど英仏の100年戦争の時期だったこともあって、イギリス独自の音楽書法が発展した時期でもありました。 1974年に結成されたヒリヤード・アンサンブルは、EMI(REFLEXE)に精力的な録音活動を行っていたところで、この録音も音楽史的には重要ながら録音が決して多いとはいえないダンスタブルのモテット集を丸々1枚に収録した点でも貴重であり、それ以上に演奏が優れていることから、イギリスで1984年に発売されていたLP(1C 067 1467031)は、同年の英GRAMMOPHON誌のGramophone Awardsで、Early Music (Medieval and Renaissance)[古楽(中世・ルネサンス)部門]を受賞していました。 これは国内ではCDのみの発売で、世界初CD化でもありました。演奏については「レコード芸術」1985年12号の月評での皆川達夫氏は「いっさいの器楽を排して、ひたすら声だけの重唱を聴かせ得る。各声部の動き、バランスもすぐれており、ダンスタブル特有の叙情的なパロディをしっかりと紡ぎだし、〈中世の旅〉の歌声を味わわせてくれる。その限りではまことにけっこうなものだが、わたくしには楽器を排除したことが、必ずしも好結果であったとは言いきれない想いが残る。わたくし自身もう何回もダンスタブル作品を演奏しているが、最上声部はともかく、内・低声部は楽器にまかせるか、あるいは楽器と重複した方がはるかに結果がいいのである。それをすべて声楽だけで押し通すことは、どうしても無理がおこるし、せっかく音楽の構成が不透明になってしまう。」と評して準推薦としていました。 もう一方の服部幸三氏は「このアンサンブルの主義主張は何かということになるが、その鍵はアンサンブルの名前が由来するヒリヤードに求められるだろう。ヒリヤードはエリザベス一世の愛顧を受けた細密画風の表現を得意とする肖像画かであった。意識してそれを音楽の領域で再現しようという意図からか、このアンサンブルの演奏では、いわゆるダイナミックな表現のうねりとか押しの強さといったものは見られない。しかし、アーティキュレーションや正確なピッチでの声の保持に細心の注意をはらい、自然な息づかいのように澄んだ声を聴かせる正確無比な室内楽的な演奏は、まさに一級品だ。リュートやテオルボのような器楽の伴奏でさえ、この透明で繊細な声のアンサンブルには無用な添え物になるだろう。」と評して推薦としていました。 ちなみに私の聴いた感想はというと、アンサンブルの精確さ、声の均質性、客観的で妥当性の高さを感じさせる演奏解釈など、驚異的に優れた演奏であり、15世紀のダンスタブルの作品の美しさや味わいといったものを身近に感じさせてくれる点でも画期的なのですが、器楽伴奏のない、声楽アンサンブルのみの演奏であることと、カウンター・テノールの加わった男声のみで歌われていることも、この演奏の特色であり、この点については、上述の二氏の評にも見られるように、評価が分かれるところでもあるようです。当時の私自身にとっても、あまりに禁欲的ではないかとも思われて、聴いて楽しめるようになるまでには若干の慣れを要したのでしたが、その後はアンサンブルの美しさを心置きなく楽しめるようになりました。
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仙台フィルの第392回定期演奏会本日行われた、仙台フィルの第391回定期演奏会の2日目を聴いてきました。今回は下野竜也の指揮により以下のプログラムが演奏されました。
プログラムの最初はベートーヴェンの「エグモント」序曲で、オーケストラのスタンダードともいえるレパートリーですが、下野竜也の指揮にも手慣れた感があって、オーソドックスながら、引き締まったアンサンブルから毅然とした表現を引き出しており、加えて仙台フィルが、いつにも増して重厚な響きを聴かせており、特にチェロとコントラバスの低弦には力感があって、非常に優れた、充実した演奏を堪能させてもらいました。 続いて山崎伸子のチェロ独奏による武満徹のオリオンとプレアデスが演奏され、これはチェロ協奏曲の形で作曲されているのですが、山崎伸子のチェロ独奏は、こちらも作品に対して非常に手慣れた感があって、間やニュアンスといったものも適切に表現し得ていた一方で、もうすこし音の面での力強さがほしいとも思ったのでしたが、このことは実は今回に限ったことではありません。 オーケストラも、かなり大きな編成であり、音の巨大さを演奏会場のキャパシティを超えているように思えるところもあったのですが、日本人指揮者と日本のオーケストラの武満徹の演奏という期待に添える水準にはあり、その点では抜かりはなかったのですが、響きの絶妙な美しさや、演奏としての成熟度という点では、さらに上を目指せる演奏でもあろうと思ってしまいました。 演奏終了後の盛大な拍手に応えて、山崎伸子はオケのチェロパートのオブリガートとともに、カザルスの鳥の歌を演奏したのですが、これが大変に絶妙で深い歌心に溢れた感動的な演奏で、心震える思いで聴き入らせていただきました。 休憩後は、ベートーヴェンの序曲「コリオラン」で開始され、演奏自体は基本的に「エグモント」序曲のときと同様だったのですが、整然としたキレの良い演奏でありながら、今ひとつ表現の厳しさのようなものが伝わりきらない憾みがあり、それはなぜかというと、ヴァイオリン、特に第1ヴァイオリンの演奏が美しいこと自体はよいのですが、優しい演奏となっていて、主旋律を弾いて演奏を引き締めるというところが緩めになっているのではないかと思いました。ということで、これは表現上のバランスの良い演奏とはいえず、リハーサルの時はどうだったのだろうとも思ってしまいました。 プログラムの最後はヒンデミットの交響曲「画家マティス」で、この作品は1933年7月にフルトヴェングラーから翌シーズンのための新作を依頼されたヒンデミットが,当時、歌劇「画家マティス」に取りかかるところで,このオペラ創作を中断したくなかったことから,歌劇「画家マティス」の音楽による組曲(交響曲)とすることにより平行して創作が進められることになったものですが、本日のプログラム冊子の曲目解説では、歌劇「画家マティス」に関しては詳しく説明されているのに対し、交響曲「画家マティス」については、「ヒンデミットは・・・オペラと、そこから派生した交響曲を書く。盟友のフルトヴェングラー(1886~1954)のリクエストだった。」との説明がされているのみです。 実は私もこの作品を実演で聴くのは今回が初めてだったのですが、CDで聴いた時に思っていた以上に、多彩で複雑なオーケストレーションによって作品が綾なされており、演奏難度も非常に高そうで、にもかかわらず、綻びを見せることなくキッチリと演奏できており、もちろんこれは指揮者の手腕ではあるのですが、現在の仙台フィルの演奏水準の高さにも改めて感心してしまいました。演奏表現としても、その複雑なオーケストレーションによる、多彩で起伏の大きい作品の世界を存分に堪能させてもらいました。 今日の定期演奏会に関しては、私自身にとっては大変に魅力的なプログラムだったというのに、最近の仙台フィルの土曜日の定期演奏会にしては、空席が散見され、チケットの売れ行きは良い方ではなかったようで、個人的には非常にもったいない気がしたのですが、プログラム編成というのは非常に難しいものなのだなと改めて思ってしまいました。
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ムーティ指揮、フィラデルフィア管のレスピーギのローマ三部作#40年前のCD 第580回 不定期連載ということで#40年前のCDという書き込みを続けているところですが、エンジェル(東芝EMI)が1985年10月19日に発売していた新譜に、ムーティ指揮のフィラデルフィア管による、レスピーギの交響詩「ローマの松」、交響詩「ローマの泉」と交響詩「ローマの祭」のいわゆるローマ三部作を収録した1枚がありました。ムーティは1980年からフィラデルフィア管の音楽監督を務めていて、続々と録音もリリースされていたのですが、とりわけローマ三部作については、前音楽監督であったオーマンディの名刺代わりのような得意のレパートリーであり、「ローマの松」は4回、「ローマの泉」と「ローマの祭」は3回録音していました。 このローマ三部作で名演を聴かせてきたフィラデルフィア管が、イタリア人指揮者ムーティとともにローマ三部作を録音したというので、当時大きな話題となったのでした。 これはCDとLP(EAC90293)の同時発売で、演奏については「レコード芸術」1985年12号の月評での志鳥栄八郎氏は「その輝かしい“フィラデルフィア・サウンド”によって、レスピーギの色彩的なオーケストレーションが、万全に生かされており、この演奏を聴いて特に感じたのは、ムーティの音楽の作り方が、実に彫りが深く、生気に富んでいて。この三部作を世に紹介した巨匠トスカニーニの演奏とよく似ていることで、そのきびきびとした明確な棒さばきの「アッピア街道の松」や「チェルチェンセス」などを聴けば、それがよくわかるだろう。これは、「ローマ」三部作の近来にない名演奏だ。」と評して推薦としていました。 もう一方の藤田由之氏は「実際に、彼(ムーティ)がそこで展開している音楽は、ほとんど特別なものではない。むしろスタンダードなテンポやオーソドックスな解釈が、ほとんどすべてを支配しているといった感の方が強い。しかし、そうした彼の演奏に、近年の他の指揮者たちの演奏と異なったところがあるとすれば、彼が、スコアに書かれている指示のひとつひとつに対して、明快な反応をしめし、より明快な回答を出しているところにあるといってもよいであろう。それが、結果的に、こうした聴く者に素直にアピールすることのできる好演に結びついているのである。」と評して推薦としていました。 なお、この録音は1985年度の日本レコードアカデミー賞の管弦楽曲部門を受賞していました。 ちなみに私の聴いた感想はというと、初出CD(CC33-3306)の音質が、音の鮮度も解像度も今ひとつであることから、2021年に発売されていた“Riccardo Muti – The Complete Warner Symphonic Recordings”という91枚組のボックス(0190295008345)のCD53がローマ三部作なので、これで聴きました。こちらは鮮烈でダイナミックな音質です。 演奏の方は、予想されたこととはいえ、作品とムーティの相性が抜群で、直線的で力強く、オーケストラサウンドは濃厚で、フィラデルフィア管の各奏者の名人芸も存分に発揮されており、名盤とされているトスカニーニの演奏が、ややストイックに作品を描き出しているのに対し、ムーティの方は、横溢するエネルギーや衝動をストレートに発散しており、完璧で鮮やかな演奏であるところに、原初的な衝動の加わった、実に圧倒的な名演名録音だと思います。
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カラヤンのブルックナー4番と7番のEMI録音のSACD英ワーナー・クラシックでは、ここにきてEMIのアナログ期の録音をSACD化するということを継続して行っているところで、新譜として、カラヤン指揮のベルリンフィルによる、ブルックナー交響曲第4番「ロマンティック」と、交響曲第7番が2枚組のSACDハイブリッド盤で発売になりました。マスタリングは、2026年にパリの「Studio Circe」において、新たに行われています。これらは1970年から翌71年にかけて、ベルリンのイエス・キリスト教会でレコーディングセッションが行われていたもので、国内の初出LPは両曲を収録した3枚組(AA9685/7)でした。 また、この3枚組LPは1971年度の日本レコードアカデミー賞の交響曲部門を受賞していました。 いずれの録音もSACD既出で、交響曲第4番「ロマンティック」は、2013年にエソテリックのSACDハイブリッド盤(ESSE-90081)で発売されており、今回が2度目のSACD化となります。 交響曲第7番は、2012年にエソテリックのSACDハイブリッド盤(ESSE-90059)で発売されていたほか、2014年に国内のワーナークラシックからもSACDハイブリッド盤(WPCS-12693)が発売されており、今回が3度目のSACD化となります。
これも既出のSACDとの音質比較が気になるところですが、交響曲第4番「ロマンティック」は、エソテリックのSACDの音質は、EMI録音らしい音の質感があると同時に、明瞭な音質で聴くことができて、かなり満足度が高いのですが、これに対して今回ワーナークラシックのSACDでは、マスタリングの違いからか。明瞭でリアリティのある音質となっており、これらを比較すると個人的には、エソテリックのSACDの音質で十分満足できるので、これ以上のマスタリングの手を入れなくてもよいのではないかと思いました。 もう一方の交響曲第7番については、最初にリリースされたエソテリックのSACDの音質が、やや靄がかかったようなところがあって、明瞭とは言い難いものであったのに対し、次いで発売されたワーナークラシックのSACDの音質は非常に明瞭で、その意味では聴きやすいのですが。響きや音色のニュアンスが犠牲になっているという感は否めません。 つまりは、元々の録音の音質が、交響曲第4番「ロマンティック」と比較しても遜色があり、エソテリックのSACDでは、それが露わになってしまっている感があったのでした。 そして今回発売のワーナークラシックのSACDの音質はというと、エソテリックのSACDの音質に近く、やはりオリジナルの音源の音質はこのようなものであったかと思わされるのですが、その中でも、バランス感覚を発揮して音質をうまく整えようとしているようなところがあり、結果として、まずまずの音質になっているように思われますので、今回発売のワーナークラシックのSACD聴かれてはいかがかと思います。
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バーンスタイン指揮、ウィーンフィルのモーツァルトの交響曲第35、41番#40年前のCD 第579回 不定期連載ということで#40年前のCDという書き込みを続けているところですが、ドイツ・グラモフォンが1985年10月10日に発売していた新譜に、バーンスタイン指揮のウィーンフィルによる、モーツァルトの交響曲第35番「ハフナー」と第41番「ジュピター」を収録した1枚がありました。これは、ドイツ・グラモフォンへのバーンスタインのモーツァルトの交響曲の録音としては、交響曲第39番と第40番に続く第2弾のリリースでした。 これはCDとLP(28MG0865)の同時発売で、演奏については「レコード芸術」1985年11月号の月評での小石忠男氏は「例によってライヴ録音だが、演奏はいかにもそれらしい活気がみなぎっている。第35番は柔軟な響きと均質なハーモニーが美しく、それがバーンスタイン特有の開放感にみちた表情と融け合っている。「ジュピター」は全曲が中庸・妥当なテンポと明快なリズム感とによって、やはりライヴのよさを表している。しかし第3楽章はリズムより旋律を生かそうとしたためか、あるいは音そのものに神経を使いすぎたのか、緊張の持続にやや問題を残しているし、終曲も弦の八分音符の動きがいっそう明快であって欲しい。」と評して無印としていました。 もう一方の諸井誠氏は「(ジェフリー・)テイトのモーツァルトがハイドン寄りの解釈だとすれば、バーンスタインのはベートーヴェン寄り、いやむしろブラームス寄りであり、豪放で、ロマン的である。しかも繊細なリリシズムが漂う旋律の歌わせる段になると,お得意のマーラーをも思わせる濃密な情感が漂う。ウィーンフィルを使っての演奏で、自分のモーツァルト像を描き出す所に行き着くのかもしれない。こうなってくると批評を受け付けなくなる面が出てくるのだ。そこが反発を呼ぶわけだが、筆者の場合、そこでむきになってモーツァルトの規範を論じるつもりはない。巨匠のロマン主義的晩年の演奏を、そのものとして楽しもうという心境になるからである。」と評して推薦としていました。 ちなみに私の聴いた感想はというと、バーンスタインはウィーンフィルを指揮して、シンフォニックで作品のドラマを明快に描き出すような演奏を行っており、オーケストラの響きには悠然としたスケール感があって、モーツァルトの交響曲なのに後期ロマン派的な趣があるので、それはある意味異形のモーツァルトの交響曲の演奏ともいえるかもしれないのですが、こういったことにこだわらず虚心に聴いてみるならば、その並々ならぬほどに積極的で開放的な演奏というのは、これはこれで独自の流儀で作品の世界を的確に描き出した、聴く者の心に豊かな充実感をもたらしてくれる演奏といえるのではないかと思っていますし、私自身が存分に聴いて楽しめる演奏でもあります。 ちなみに、交響曲第41番「ジュピター」はリピートを全て行っている演奏です。
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島田真千子のバッハ無伴奏の全曲録音名古屋出身のヴァイオリニストの島田真千子(1975-)は、東京芸大,デトモルト音大に学び,1998年のパガニーニ国際コンクールでレナート・デ・バルビエーリ記念賞,エリザベート王妃国際コンクールセミファイナリスト,第15回バッハ国際コンクール第5位などのコンクール歴があり,セントラル愛知響のソロコンサートマスターを務めているほか、水戸室内管やいずみシンフォニエッタ大阪のメンバーとしても務め、さらには積極的なソロ活動を行っているところです。島田真千子は、バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータの演奏に積極的に取り組んでおり、2014年にはALTUSレーベルに全曲録音を行っていたのですが、残念ながら音質が統一されておらず、最終的には本人の決断により、パルティータ第2、3番、ソナタ第3番の3曲のみを収録したCD(ALT 318)をリリースすることになったのでした。 このCDについては発売当時にCD感想を書き込んでいたところですが、安定したテクニックと、楽器との対話能力と、誠実な演奏姿勢と、聴き手に対するコミュニケーション能力の高さを感じる、大変に魅力的で印象深い演奏を聴くことができました。 島田真千子としても、いつかはバッハの無伴奏全曲録音を実現したいと思っていたに違いないのですが。それがようやく実現し、無事に発売に漕ぎ着けました。 今回は、昨年4月と11月に名古屋市の宗次ホールでレコーディングセッションが行われたもので、嬉しいことにSACDハイブリッド盤での発売です。 これはまさに待望の全曲録音のリリースであり、あとは楽しみに聴かせてもらおうと思っています。
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シャイー指揮、ベルリン放送響&合唱団ほかによるオルフのカルミナ・ブラーナ#40年前のCD 第578回 不定期連載ということで#40年前のCDという書き込みを続けているところですが、ロンドン(デッカ)の1985年10月1日発売の新譜に、シャイー指揮のベルリン放送響&合唱団ほかによる、オルフのカルミナ・ブラーナがありました。シャイーは、1982年9月のシーズンからベルリン放送響の首席指揮者に就任していたところで、まだ29歳という若さであったことでも注目されたのでしたが、これは就任後の最初のレコーディングだったものです。 この録音のCDは、1984年9月1日に輸入盤規格のCD(411 702-2)で発売されていたのでしたが、未紹介だったものです。 この録音の国内初出は1984年7月25日発売のLP(L28C1776)で、演奏については「レコード芸術」1984年9月号の月評での畑中良輔氏は「シャイーのみずやかな青春の迸りに触れていると、いかにも現代の若者たちの生態の、屈託のない状況が次々と出現して、まるで新しい生命をここに噴出させているような実存のよろこびを感じさせる。」と評して推薦としていました。 もう一方の佐々木幸綱氏は「シャイーは、よくオーケストラと合唱を整え、洗練された演奏を展開している。またスケールも合唱団の人数の割には、大きさを示している。しかし、中世の人々の奔放な姿があまり描き出されていないのが残念だ。」と評して無印としていました。 ちなみに私の聴いた感想はというと、アンサンブルは緊密で演奏水準は高く、シャイーの優れた手腕が遺憾なく発揮されているのですが、何よりも特徴的なのは、シャイーのラテン的気質が発揮されているというべきか、明瞭で、強い日差しが射しているような、ややどぎついくらいの色濃いコントラストの演奏となっていることで、この作品本来の、古いドイツ語の作品というのとは一味違った、実に鮮やかでインパクトのある、独自の演奏の世界を描き出しており、これは良し悪しの問題というよりは、この特色明快な演奏を各々が聴いて楽しめるかどうかという問題なのだろうと思っています。ちなみに私自身は、ユニークで実に痛快な演奏として存分に楽しませてもらいました。
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英magistraleのSRF音源のクナッパーツブッシュとウィーンフィルのフリブール・ライヴイングランド東部のエセックスに企画室を置く新興レーベルだという英magistraleは新たな放送局音源を発掘して,CDリリースを行っているのですが、新譜として、今度はSRF(スイス放送協会ドイツ語放送)の音源による、クナッパーツブッシュ指揮のウィーンフィルが1954年1月21日にスイスのフリブールのフリブール大学講堂で行った演奏会のライヴ録音が発売になりました。曲目はオール・ベートーヴェン・プログラムで、「コリオラン」序曲、バックハウスのピアノ独奏によるピアノ協奏曲第5番「皇帝」と、交響曲第7番です。 この演奏会のライヴ録音は初出ではなく、2019年に突然、伊MEMORIESレーベルから2枚組CD(MR 2632/2633)が発売されたのが初出でした。また、「コリオラン」序曲だけは過去にリリースされたことがあり、この辺りの事情については伊MEMORIESのCDリリース時の雑談に詳細に書き込んでいたところです。 1954年の録音であれば、今現在ではパブリックとなっているものではあるのですが、伊MEMORIESのCDの音源の出自は不明で、正規に放送局音源にアクセスしての音源とは思えず、その点、今回はSRF(スイス放送協会ドイツ語放送)のロゴマーク入りの正規音源からのCD化であり、実際に音質を聴いてみても、非常に良好な放送録音の音質であり、落ち着いた重厚な響きは、聴いていて安心感があると同時に耳にも心地よく、このCDの発売は歓迎したいですし、あとは楽しみに聴かせてもらおうと思っています。 なお、このレーベルはUHQCDでの発売がされていたのですが、今回はMQACDでの発売です。
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ホグウッドとシュレーダーのモーツァルトの交響曲第41.34番#40年前のCD 第577回 不定期連載ということで#40年前のCDという書き込みを続けているところですが、オワゾリールの1985年10月1日発売の新譜に、ヤープ・シュレーダーのコンサートマスターと、クリストファー・ホグウッドのコンティヌオの、アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージックの演奏による、モーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」と第34番をカップリングした1枚がありました。このCDは1984年10月1日に輸入盤規格(411 658-2)で発売されていたのですが、#40年前のCDでは未紹介だったものです。収録されている2曲とも、モーツァルトの交響曲全集からの分売で、英オワゾリールでは、全7巻23LPでの発売だったのに対し、国内盤では全3巻23LPとして発売されていました。また、全7巻の構成による発売はCD化に当たっても踏襲されていましたが、CDは長時間収録のため、第1,2,5,6巻で枚数が1枚減って、全19CDとなっていました。 この全集録音からの分売は、すでに交響曲第38番「プラハ」と第39番を収録したCDが発売されていたところです。 この、ヤープ・シュレーダーのコンサートマスターと、クリストファー・ホグウッドのコンティヌオの、アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージックの演奏による、モーツァルトの交響曲録音は、いわゆるピリオドインスツルメンツ(当時は」オリジナル楽器」という言い方が一般的)による演奏がまだ目新しく、画期的な試みとして大きな反響を呼びました。 今回の2曲は国内盤LPででいうと、交響曲第34番は1982年2月25日に発売された7枚組の第2巻(L00C1071/7)に収録されていたもので、演奏については「レコード芸術」1982年4月号の月評では、大木正興氏、小石忠男氏ともに推薦としていました。 交響曲第41番「ジュピター」は1983年4月25日に発売された10枚組の第3巻(L00C1422/31)に収録されていたもので、演奏については「レコード芸術」1983年6月号の月評での小石忠夫氏は推薦、門間直美氏は無印でした。 ちなみに当時の私は、バロック音楽の演奏については完全にオリジナル楽器派だったのですが、モーツァルトの交響曲となると、名指揮者とモダンオーケストラによる偉大な名演名録音の数々があって、日常的に聴いていたことから、オリジナル楽器の演奏で同様に偉大な名演名録音が成し遂げられるのかという疑問を抱いていたのでした。 それが今ではどうかというと、これはアプローチの違いであると同時に、美意識や価値観の違いでもあり、どちらが正解かとか、より望ましいかという考えではなく、それぞれに優れた演奏を目指せばよいと思っているので、40年前に抱いていた「オリジナル楽器でワルターのモーツァルトを超える演奏ができるのか。」というような疑問はすでに抱いておらず、いずれの演奏に対しても等距離で接することができて、心置きなく楽しむことができるようになっており、おかげさまで幸せな毎日を過ごしております。
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ANN SCHEIN The complete KAPP recordingsアメリカのピアニストのアン・シャイン(Ann Shein, 1939-2026)は、ジョンズ・ホプキンス大学ピーボディ音楽院に学んだ後、1961年からルービンシュタインに師事し、翌年、カーネギーホールでソロデビューを果たし、1963年にはケネディ大統領夫妻のためにホワイトハウスで演奏するなど、若くして人気も注目度も高いピアニストでした。録音の面では、二十歳前後の1958年から60年にかけて米KAPPレーベルに、ソロ・アルバム3枚と協奏曲録音2枚をリリースしていたのが最もまとまったもので、以後は単発的な録音が散見される程度であることから、日本での知名度も低く、CDの発売点数も非常に少なく、そんな中で、米IVORY CLASSICSから発売されていたシューマンの作品集のCDについてCD感想を書き込んでいたことがあったのでしたが、これは聴いていて幸せに思える1枚でした。 米KAPPの5枚のLPについては、CD化されることを長年に亘って鶴首してきたところなのですが、現在の音源保有者も不明で、CDリリースは難しいのかなと思っていたところ、なんと、ピアノ録音の復刻CD制作の老舗である英APRから、米KAPPのLP5枚を復刻した3枚組CDが発売になりました。 これは私にとってはまさに天にも昇るような気持ちで、発売前に予約のオーダーをし、無事に入手することができました。アン・シャインのKAPP盤LPはモノーラルとステレオの両方で発売されているのですが、モノーラルLPは中古で見かけることもあるのに対し、ステレオLPは非常にレアで、APRでは時間をかけてステレオLPを収集したとのことです。 今回はステレオLPの復刻なのですが、“A Piano Invitation To The Dance”というアルバムタイトルのLP(KC-9042-S)のA面がモノーラルだったそうです。 このLP復刻CDの発売は、ほかならぬアン・シャイン本人にとっても嬉しいことに違いないと思っていたのですが、なんということか、アン・シャインは今年の4月16日に86歳で亡くなっていたのでした。期せずして追悼盤になってしまいましたが、改めてその演奏を拝聴させてもらおうと思っています。 以下の収録曲一覧には、オリジナルLPのジャケット画像も掲載します。並び順は、ほぼCDの収録順です。いずれもステレオLPのジャケットですが、ショパンの協奏曲(KDC-6001)だけはステレオLPの画像が入手できず、モノーラルLPの画像です。
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ラローチャとフリューベック・デ・ブルゴス指揮のファリャ、アルベニス、トゥリーナ#40年前のCD 第576回 不定期連載ということで#40年前のCDという書き込みを続けているところですが、ロンドン(デッカ)の1985年10月1日発売の新譜に、アリシア・デ・ラローチャのピアノ独奏と、ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス指揮のロンドンフィルによる、ファリャの交響的印象「スペインの庭の夜」、アルベニスのスペイン狂詩曲、トゥリーナの交響的狂詩曲を収録した1枚がありました。いずれもピアノとオーケストラのための作品ですが、ラローチャは、ファリャの「スペインの庭の夜」をヘスス・アランバリ指揮のマドリード・コンサート管と西イスパボックスに、セルジウ・コミッシオーナ指揮のスイス・ロマンド管と英デッカに録音しており、今回が3度目の録音でした。 アルベニスのスペイン狂詩曲はオリジナルのオーケストレーションの楽譜が失われており、クリストバル・ハルフテルのオーケストレーションによる演奏です。ラローチャの初録音です。 ちなみにこの作品のオーケストレーションの楽譜は、その後、アルベニス自身がピアノを弾いた1889年8月20日の演奏に使用したスコアとパート譜が発見され、サン・セバスティアン手稿と言われています。さらに別系統の総譜がバルセロナで発見され、アルベニス研究の第一人者のハシント・トーレスによって1995年に校訂出版されており、こちらはバルセロナ手稿と言われています。 トゥリーナの交響的狂詩曲はピアノと弦楽オーケストラのための作品で、これもラローチャの初録音でした。 この録音のCDは、1984年9月1日に輸入盤規格のCD(410 289-2)で発売されていたのでしたが、未紹介だったものです。 この録音の国内初出は1984年6月25日発売のLP(L28C1762)で、演奏については「レコード芸術」1984年8月号の月評での宇野功芳氏、高橋昭の両氏とも推薦としていました。 ちなみに私の聴いた感想はというと、ラローチャのピアノは、まさに水を得た魚のような自在な演奏を行っていて、それが自然で様になっているという、さすがの演奏で、オーケストラの方は、ダイナミックで整然としたアンサンブルと、細部まで明瞭な演奏をつくりあげており、聴き応え十分なのですが、ややニュートラルな感じがしないでもありません。 それ以上に、このCDを聴いていて印象的なことは、アルベニスのスペイン狂詩曲と、トゥリーナの交響的狂詩曲が、非常に聴き応えのある、そして楽しく魅力的な作品であることで、こういう作品を知らないと損、聴かないと損ではないかと強く感じました。あまりに楽しい作品ゆえに名作扱いされず、演奏もされていないとしたら、あまりにもったいないですし、もっと演奏されてほしいと思います。 また、スタンリー・グッドールによる録音が非常に優秀で、重低音までしっかり入っているのため、低音の再生能力のある装置で聴く際には再生レベルに気をつけた方がいいかもしれません。
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ESOTERICの2026年6月13日発売の新譜3点オーディオメーカーのエソテリックでは,これまでRCA,ソニークラシカル,英デッカ,蘭フィリップス,ドイツ・グラモフォン,EMI,ワーナークラシックス,キングインターナショナルの音源を独自にSACDハイブリッド盤で販売しており,さらにはブルーノートやインパルスなどのジャズのSACDハイブリッド盤まで発売しているところですが,今年の3月14日発売の3点に続き,6月13日発売の3点がリリースされていました。1点目はドイツ・グラモフォン録音で、フリッチャイ指揮のベルリンフィルによる、ベートーヴェンの録音の2枚組です。収録されているのは、交響曲第3番「英雄」、「レオノーレ」序曲第3番、「エグモント」序曲、交響曲第5番「運命」、交響曲第7番です。 これらは全て、タワーレコード VINTAGE SACD COLLECTIONシリーズでSACD化されており、交響曲第3番「英雄」と「レオノーレ」序曲第3番は、シリーズ第21弾(PROC-2265/6)で発売されていました。 「エグモント」序曲は、シリーズ第8弾(PROC-2104)で発売されていました。 交響曲第5番「運命」と交響曲第7番は、シリーズ第15弾(PROC-2194)で発売されていました。 気になる音質についてですが、今回のエソテリック盤の方は、最新テクノロジーのマスタリングの成果というべきか、明るく積極的で、細部まで明快に見渡せるような音質となっており、現代的な音質のフィーリングも感じるのに対し、タワーレコード VINTAGE SACD COLLECTIONシリーズの方は、内向的でやや地味な印象ではあるのですが、落ち着きのある重厚な響きを聴くことができ、おそらくはオリジナルのマスターテープに記録された音の姿に近いのはこちらの方ではないかと思われます。 2点目はフィリップス(現デッカ)録音で、ヘンリク・シェリングのヴァイオリン独奏と、イングリッド・へブラーのピアノによる、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第5番「春」、第4番、第9番「クロイツェル」で、全集録音からの3曲です。 この全集録音は、1980年度の日本レコードアカデミー賞の録音部門を受賞していました。もちろん録音だけでなく、演奏についても「レコード芸術」1980年11月号の月評での門馬直美氏、佐川吉男氏ともに推薦としていました。 3点目は、今回もジャズのタイトルのリリースで、エリック・ドルフィーのラスト・デイトが発売になりました。これはオランダのヒルヴェルスムにおいて、オランダの俊英たちとのセッション録音を行ったもので、対決としてのジャズ演奏というよりは、オランダの地で、自分の音楽を理解してくれる仲間に出会えた喜びに溢れ、自由な対話をスリリングに楽しんでいるような演奏が繰り広げられています。 エリック・ドルフィーはこの録音の27日後の1964年6月29日に持病の糖尿病の悪化により、ベルリンで亡くなってしまったのでした。まだ36歳でした。 また、SACDレイヤには長時間収録が可能なことから、ステレオテイクのほか、モノーラルテイクも収録されており、収録時間は合わせて91分36秒にもなっています。にもかかわらず残念なのは、モノーラルテイクはオリジナルマスターが見つからず、44.1kHzのPCM音源からSACD化されているのだそうです。 これもジャズの代表的な名録音の1つなのですが、これまでSACD化されたことがなく、SACD化を鶴首していた録音なので、このリリースも非常に嬉しく、あとは楽しみに聴かせてもらおうと思っています。
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パスカル・ロジェのサティのピアノ曲集#40年前のCD 第575回 不定期連載ということで#40年前のCDという書き込みを続けているところですが、ロンドン(デッカ)の1985年10月1日発売の新譜に、パスカル・ロジェのピアノ独奏による、サティのピアノ曲集がありました。パリ生まれのパスカル・ロジェ(Pascal Rogé, 1951-)は、1970年代前半から英デッカに録音を行っており、ラヴェルやドビュッシーのピアノ曲のほか、リスト、ブラームス、バルトークなどの作品も録音しており、録音レパートリーの幅を広げつつあったのですが、新たにサティの録音に取り組むこととなり、その第1弾となったものです。ジムノペディやグノシェンヌなどのポピュラーな作品が演奏されています。 この録音のCDは、1984年8月16日に輸入盤規格のCD(410 220-2)で発売されていたのでしたが、未紹介だったものです。 これは国内盤規格としてはCDとLP(L28C1923)の同時発売で、演奏については「レコード芸術」1985年12月号の月評での岩井宏之氏は「ロジェの弾くサティは、ラヴェルの場合とおなじく、ノーブルな趣を留めており、よそ行きの、多少澄ました感じがする。まだ、どこか構えた、真面目な演奏。もう少しリラックスした気分で弾いてくれた方が、サティの音楽は活きるし、聴き手も楽しめる。ただロジェが、サティの音楽を〈古典〉として昇華させるつもりであったというならば、このような演奏になったのは頷ける。が、その場合サティの音楽の〈生命力〉が保持できる自信があったのだろうか?。」と評して無印としていました。 もう一方の武田明倫氏は「(第1期の作品では)ロジェも「3つのジムノペディ」や「6つのグノシェンヌ」で自分の持ち味をどう出すかに苦心しているようだ。その点では、いずれにおいても過度の感情移入をいましめ、しかも、とくに「ジムノペディ」の第3番などに顕著なように、一種の浮遊するような感覚を引き出しているのは、成功だといえよう。ユーモアの時代の作品では、ロジェは構造そのものに語らせようとしているようだ。ただ、シャンソンの編曲では、いかにも表現が上品であり、解説で三谷礼二氏が言うように、「生真面目すぎる」ロジェのサティへの取り組み方がいちばん気になる。つまり毒がなさすぎるのである。」と評して無印としていました。 ちなみに私の聴いた感想はというと、パリ生まれのロジェの弾くサティのピアノ曲集ということで、自身の生来のセンスの良さも活かしながら、どのような演奏表現を行うかを試行錯誤した結果、この時点では最大公約数的というか、無難な演奏に落ち着いたという印象があり、確かにこれをノーブルとか生真面目とかいった演奏と評することはできると思います。 その一方で、私がこの演奏を聴いていて気になってしまうのは、プレーンな炭酸水みたいな演奏に思えてしまうことで、もちろんこういう演奏の方が作品を素直に聴けて良いという面はあるとしても、あえてサティの演奏を聴こうというのであれば、フレーバーの炭酸水のようなトップノート(最初に強く香る成分)の刺激が効いた演奏でも聴いてみたいなという思いもしてしまったのでした。
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前田妃奈と久末航の2026年2月20日の演奏会のライヴ録音大阪出身のヴァイオリニストの前田妃奈(まえだ ひな, 2002-)は、2022年の第16回ヴィエニャフスキ国際ヴァイオリン・コンクールで優勝して一躍脚光を浴びることとなり、爾後、精力的に演奏活動を行っているところです。前田妃奈の録音というと、昨年1月に、高崎芸術劇場 大友直人Presents T-Shotシリーズで、レコーディングセッションのSACDハイブリッド盤とライヴ映像とインタビューを収録したDVDとの2枚組(OVCX-00099)が発売されており、これは限定盤だったことから、現在はSACDハイブリッド盤1枚の通常盤(ONCL-00891)で発売されているところです。 その前田妃奈の最新盤として、今年の2月20日に東京文化会館小ホールで行われた演奏会のライヴ録音が発売になりました。ピアノ演奏は今回も久末航が務めています。 この演奏会は、東京音楽コンクール入賞者記念リサイタルとして行われたもので、実は前田妃奈は2020年の第18回の同コンクールにおいて弦楽部門第1位及び聴衆賞を受賞していたのでした。 このライヴ録音は、どういうわけかSACDではなく、通常のCDでの発売なのが残念ですが、今や縦横無尽の演奏を聴かせるに至っている前田妃奈と久末航による演奏会が果たしてどのようなものだったのか楽しみに聴かせてもらおうと思っています。
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アシュケナージ指揮、フィルハーモニア管のシベリウスの交響曲第3、6番#40年前のCD 第574回 不定期連載ということで#40年前のCDという書き込みを続けているところですが、ロンドン(デッカ)の1985年10月1日発売の新譜に、アシュケナージ指揮のフィルハーモニア管による、シベリウスの交響曲第3番と第6番を収録した1枚がありました。アシュケナージとフィルハーモニア管は、シベリウスの交響曲の録音に取り組んでおり、これまで第2,4,5,7番が発売されており、今回の2曲を加えると、残るは第1番のみとなりました。 これはCDとLP(L28C1921)の同時発売で、演奏については「レコード芸術」1985年11月号の月評での小石忠男氏は「アシュケナージの健康で明快、推進力にあふれた音楽づくりはここでも表されており、第3番では作品の北欧的な雰囲気にとらわれずに、交響曲としての音構造をしっかりとらえた演奏をつくっている。とくに弦が美しくみがかれ、金管も輝かしいが、すべての楽器の音が朗々と成り切っているのは、アシュケナージの演奏に一貫した特色であろう。第6番も平衡感の強い演奏である。あたたかく、感受性豊かで、リズムの弾力にも生命観を示し、随所で感興を起伏させている。しかしこの曲では冷徹に透明度を追求した演奏を従来きかされてきたためか、この演奏が新鮮に感じられる。」と評して推薦としていました。 もう一方の諸井誠氏は「演奏、曲とも出来は「第6番」の方がいい。シベリウスの型破りな交響曲の構成では、時々全体の凝集力を失う危険があるが、「第3番」の方にはややその傾向が認められる。交響曲としてはごく特殊な構造性を持つものだけに、とりとめもなく広がっていく傾向と、とめどなく繰り返されるような印象とが伴いがちなのだ。その意味では、作品、演奏ともに「第6番」では成功している。教会旋法風な第1楽章の序章部と、フィナーレの終結部の対応が、シンメトリカルな構成を認識させるし、その部分でのアシュケナージの凝集力はなかなか大したもの。」と評して準推薦としていました。 ちなみに私の聴いた感想はというと、交響曲第3番は、明快で力感も十分で、クリヤーかつコントラストの鮮やかなソノリティとともに、作品の姿をやや硬派な共感とともに描き出した、聴き応えも味わいもある見事な演奏で、アシュケナージと作品との素晴らしい相性の良さを感じます。 交響曲第6番の方も、基本的に同様のコンセプトの演奏が行われており、クリヤーで明快で力感もあるのですが、この曲の場合は、作品の構造を的確に構築していくということだけでなく、イマジネーションや心象風景、人と作品の世界との関係などの面で、どのような演奏表現を行っていくのかが問われるところで、こういった面となると、まだまだ掘り下げ不足であり、表層的で深い味わいの乏しい演奏にも思われてしまったのでした。
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プラハの春ゴールド・エディションVOL.71946年に始まったプラハの春音楽祭は,世界的にも知られた音楽祭の1つであり,そのライヴ録音もこれまで様々な形で発売されてきたところですが,昨年になってチェコ放送のラジオサービスから,プラハの春ゴールド・エディションというシリーズのリリースが開始されており,今年の1月には第6弾となる2枚組CDが発売されていたところですが,さらに第7弾となる2枚組CDが発売になりました。今回は2つのライヴ録音が収録されています。1つ目は、1986年5月12日の当時のプラハ文化宮殿での、プラハの春音楽祭のオープニングコンサートの、サヴァリッシュ指揮のチェコフィルによるスメタナの連作交響詩「わが祖国」です。 サヴァリッシュは「わが祖国」をレパートリーにしていましたが、チェコの指揮者以外がオープニングコンサートを指揮するのは、1984年のマタチッチに次いで2人目でした。 2つ目は、1987年5月17日のスメタナ・ホールでの、ロバータ・アレグザンダーのソプラノ、トーマス・アレンのバリトンと、ラインスドルフ指揮のチェコフィルほかによる、ブラームスのドイツ・レクイエムです。 ラインスドルフはアメリカで活躍していたイメージがありますが、ウィーン生まれで、プラハの春音楽祭には度々出演していました。 明快なアナウンスはないものの,これらのライヴ録音は,いずれも初出ではないかと思われるところであり,まずはこれらの録音での演奏を楽しみに聴かせてもらおうと思っています。
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1985年9月25日発売のロンドン(デッカ)の国内再発売CD#40年前のCD 第573回 不定期連載ということで#40年前のCDという書き込みを続けているところですが、ロンドン(デッカ)の1985年9月25日発売の新譜には、新録新譜のCDだけでなく、すでに輸入盤規格のCDで発売されていたものを、CDそのものは西ドイツプレスのCDでありながら、日本語のパッケージと解説書を付した、いわゆる50000番台のCDで再発売するという再発売盤が多数含まれていました。実は、グラモフォン、デッカ、フィリップスなどの、いわゆるポリグラムのCDについては、個人的には、初期の西ドイツプレスのCDの音が最も良いと思っているタイトルの比率が高いと思っているところで、その西ドイツプレスのCDに日本語パッケージと解説書を付して発売している規格番号50000番台のCDは、私自身も蒐集対象にしているところでもあります。 これらの全てを紹介するのは困難ですが、私の手元にはこの日の再発売CDが1点だけありました。ちなみに7月と8月の再発売CDは手元になく、直近となる1985年6月25日の国内再発売CDはこちらで紹介しています。 CDの内容に続いて、輸入盤規格での発売時のリンクを最後に付していますので、これを参考にしていただければ幸いです。
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カラヤンのモーツァルトの後期交響曲集のEMI録音のSACDカラヤンはモーツァルトの生地のザルツブルク出身でもあり、モーツァルトの主要交響曲をレパートリーとしていたのですが、いわゆる後期交響曲集の録音を行ったのは意外にも遅くて、1971年9月のベルリンのイエス・キリスト教会でのEMIへのレコーディング・セッションが初めてだったのでした。オーケストラはもちろんベルリンフィルです。カラヤンとベルリンフィルは1970年代後半にもモーツァルトの後期交響曲集をドイツ・グラモフォンに録音しており、こちらも名演・名録音として聴き継がれていますが、EMIへの1971年録音は覇気に溢れる目覚ましい演奏を聴くことができ、独自の存在意義を誇っているところです。 現在のEMIの音源保有者であるワーナー・クラシックでは、ここにきてEMIのアナログ期の録音をSACD化するということを継続して行っているところで、新譜として、カラヤンの後期交響曲集が2枚組のSACDハイブリッド盤で発売になりました。マスタリングは、2026年にパリの「Studio Circe」において、新たに行われています。 実はこのカラヤンのモーツァルトの後期交響曲集のEMI録音は、2013年4月に音匠仕様SACDシングルレイヤ盤で発売されており、このときは1960年録音の交響曲第29番と、交響曲第39、40、41番のリハーサルも収録された3枚組となっていました。こちらはロンドンのアビーロード・スタジオでマスタリングが行われています。
気になる音質ですが、音匠仕様SACDシングルレイヤ盤の方は、当然ながらというか、EMIらしいトーンキャラクターの音となっており、やや薄めな感があるものの、軽く反応の良い音が耳に心地よいのに対して、今回のSACDハイブリッド盤は、EMIらしいトーンキャラクターは影を潜め、明快でダイナミックで色濃い音質となっており、演奏自体が求心的で勢いのあるものに聴こえますが、少しがさついています。この2つの音質については、優劣を論じるのはもったいなくて、その時々の気分で聴き分けるのが良いのではないかと思っています。
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ラローチャのグラナドスのゴイェスカス#40年前のCD 第572回 不定期連載ということで#40年前のCDという書き込みを続けているところですが、ロンドン(デッカ)の1985年9月25日発売の新譜に、ラローチャのピアノ独奏による、グラナドスのゴイェスカスにわら人形をカップリングした1枚がありました。ゴイェスカスは「ゴヤの絵画の場面集」といった意味で、ゴヤの絵画の世界に漂う、情熱、官能、粋、憂愁、死の影といった心理劇を描き出した、グラナドスの最高傑作ともいわれる作品です。 この作品はバルセロナ生まれでグラナドスの孫弟子に当たるラローチャの重要なレパートリーとなっており、録音も1950年代の米デッカ録音、1960年代の西イスパボックス録音に続いて、これが3度目の録音でした。ゴヤの絵画にインスピレーションを受けた作品であるわら人形をカップリングしているのも旧録音と同様です。 この録音の国内初出は、1978年1月21日発売のLP(SLA6338)で、演奏については「レコード芸術」1978年3月号の月評での岩井宏之氏は「ラローチャの魅力はなんといっても楽想にまさにふさわしい洗練されたリズム感覚を第一にあげねばなるまい。この人の詩情にあふれた、自然なリズムの刻みは身体のなかにしみ込み、身体でおぼえたものに相違ない。だからこそ、しみじみと訴えかけてくる力をもっているのだ。ラローチャの音はしなやかで暖かい美しさを感じさせる。それはグラナドスのピアノ音楽にまさにふさわしいものと考える。この1枚のレコードはラローチャの至芸――この言葉を安易に使用しているのではない――を伝えるものと高く評価する。」と評して推薦としていました。 ちなみに私の聴いた感想はというと、自然でスムーズで、脚色めいたところや誇張したところがなく、感情や共感を表に出すようなこともなく、作品のあるがままに、そしてラローチャ自身のあるがままに演奏しているという趣があって、そこに深い感情や真実性を感じます。 その一方で、こういう作品のこういう演奏となると、私の方で評価をするというのはむしろ逆であって、実はこの演奏を私がどれだけ聴き取ることができて理解できているのかを試されているのではないかという気がしており、聴いていて学ぶことの多い録音でもあります。
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