- ショパン
- ピアノ・ソナタ第２番「葬送」 <1964>
- バラード第１番 <1964.6.22>
- ハイドン
- ピアノ・ソナタ第４６番 <1964>
- 田中希代子（ピアノ）
- キングインターナショナル KKC 2503
ラジオ局のニッポン放送は今年が開局６５周年になるのですが，これを記念して「新日鉄コンサート・シリーズ」と題したＣＤが発売されることになり，その第１回新譜として，田中希代子の演奏を収録したＣＤが４点発売されたのですが，これはそのうちの１点です。このシリーズの経緯や概要と，ピアニストの田中希代子についてはこちらに詳しく述べていますのでご覧下さい。
このＣＤに収録されているのは１９６４年にライヴ録音され翌年の７月３日に放送されたショパンのピアノ・ソナタ第２番「葬送」，１９６４年６月２２日にライヴ録音され１９６５年９月４日に放送されたバラード第１番，１９６４年にライヴ録音され１９６５年２月６日に放送されたハイドンのピアノ・ソナタ第４６番です。いずれも聴衆のいる会場での演奏で拍手も収録されていますが，放送用の公開収録かもしれません。
これらのうち，ハイドンのピアノ・ソナタ第４６番は１９６４年にワルシャワのポーランド放送に録音しており，田中希代子のレコードをつくる会から１９８８年にＣＤ化（ADAM ACE：ACD 35-0005）されており，１９９６年に山野楽器から再発売（YMCD-1038）されていました。他の２曲は田中希代子の録音としては初レパートリーになります。
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| YMCD-1038 |
さっそく聴いてみると，最初のショパンのピアノ・ソナタ第２番「葬送」は，キレキレの凄味すら感じるテクニックと，とどめようのない溢れ出るパッションとともに，息をも吐かせぬスリリングでドラマチックな演奏を展開し，静かに演奏される部分では，かなり抑え目にすることで緊張感や集中を保ち，クライマックスでの表現のあまりの激しさや集中の凄さには，耳でピアノの演奏を聴いているに過ぎないというのに，世界が崩壊してしまいそうな錯覚を覚えてしまうほどの激烈な演奏です。
バラード第１番は，最初は落ち着いて弾いているように思えたのですが，曲が進むに従ってテンションが上がってきて，演奏もどんどんスリリングになっていき，最後は鳥肌が立つような怒濤の演奏となっており，全曲を１つの心理的なクレッシェンドで演奏しきるという，最も芸の無い演奏設計とも言えるものだったのですが，最後まで天井に突き当たったり飽和したりせずに，果てしなくクライマックスを築いていけるという，途方も無い表現能力が披露された演奏ではないかと思います。
ハイドンのピアノ・ソナタ第４６番は，速めのテンポで小気味よいタッチとともに，俊敏かつ軽快に駆け抜けるパッセージが聴いていて実に痛快で，軽快な装飾音の１つ１つが心地良く心を震わし，静かに奏でられるパッセージにもキラリと輝くような刺激があって，なんだかこのピアノ・ソナタが宝石のように思える演奏なのでした。
田中希代子のハイドンのソナタについては，上述のように，同じ１９６４年のワルシャワでの放送録音のＣＤが発売されているのですが，音質もそんなに良くはありませんし，テクニック的にも全く問題の無い演奏でありながら，聴き手の心を動かすような印象に乏しいと思っていたので，今回ようやく実演の姿を聴き取ることのできる録音がリリースされたことは実に喜ばしく，感慨もひとしおです。
今回の３曲の演奏とも，曲毎の表現の方向性の違いはあるとしても，鮮やかなテクニックと凄味すら感じる徹底した強烈な表現とによって，比類ない演奏を実現していることにただただ驚嘆するばかりなのですが，これらのことは，今回の田中希代子の録音のシリーズですでに感想を書き込んでいるベートーヴェンの熱情ソナタとシューマンのクライスレリアーナや，ショパンの前奏曲ほかを聴いたときと同様で，その意味では同じ感想を繰り返すことになってしまうのですが，その記述如何に関わらず，何度聴こうとも実演での田中希代子の演奏の桁外れの凄さに対する畏怖にも似た驚嘆の思いはいや増すばかりです。
録音についても，放送局保有のオリジナル音源からのＣＤ化であり，ピアノの響きのリアルな再現というのは厳しいとしても，おそらくダビングや編集も最小限であったと思われることから，音の鮮度，キレ，スピード感といった点は保たれており，これは田中希代子の類い希なる演奏を聴き知る上では最優先で重要な要素であり，それが聴けることによって，今回の一連のシリーズが圧倒的な印象をもたらすことに繋がっていると思われます。
そんなわけで，これは伝説のピアニスト田中希代子がその絶頂期においていかに目覚ましい演奏を行っていたのかということを，それを十分に伝えうる音質とともに聴くことのできる貴重この上ないライヴ録音であり，聴く者に斉しく衝撃をもたらすであろう１枚として強力に推薦したいと思います。
2019.12.30
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