- ベートーヴェン
- ピアノ・ソナタ第３０番
- ピアノ・ソナタ第３１番
- ピアノ・ソナタ第３２番
- ポリーニ（ピアノ） <2019.6.24-26>
- 独GRAMMOPHON 483 8250
- E-ONKYO uml00028948382545 (96kHz/24bit FLAC)
ポリーニは１９７５年から２０１４年まで，なんと足かけ４０年もかけてベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集の録音を完結させたのですが，録音を終えた時のポリーニは７２歳に達しており，完結編として発売されたピアノ・ソナタ第１６～２０番のＣＤ感想も書き込んでいたところで，その演奏はポリーニのテクニックと気力の衰えが隠しようもないものであったのが，ある意味ショックでした。
そのポリーニが再びベートーヴェンのピアノ・ソナタの録音を行いました。演奏されているのはピアノ・ソナタ第３０～３２番のいわゆる後期三大ソナタで，昨年６月にミュンヘンのヘルクレスザールでの演奏会に併せての録音のようです。
また，９６kHz/２４bit FLAC のハイレゾファイルでも発売されているので，これも入手して，いつものようにWAVに変換したファイルを聴いてみました。以下の感想は主にこのハイレゾを聴いてのものです。
３曲のうち第３０番と第３１番は１９７５年にピアノ・ソナタ録音の第一弾として行っていた曲目で，第３２番も１９７７年に録音されており，完璧なテクニックで力強く彫琢された演奏は，今なおこれらの作品の名演の一典型としての，揺るぎない名演名盤として君臨し続けています。
今回の録音はポリーニの７７歳の演奏になるのですが，冷徹な知性派でもあるポリーニが自らどのような演奏をつくりあげているのか期待と不安が相半ばするような気がします。
さっそく聴いてみると，近年のポリーニの演奏に顕著になっている打鍵の弱さに加えて，マッシブな響きの存在感や，低音の力強さも影を潜め，さらには素早いパッセージの正確さもかなり怪しくなっていて，これは本当にポリーニの演奏なのかと思ってしまうほど，別人のような演奏となっています。
その一方で，１つ１つの音は美しく磨き上げられており，澄み切ったソノリティと，ルバートのない画然としたフレージングとともに，力みのない自然な流れの演奏をつくり出しており，さらには非常に丁寧な演奏姿勢で弾いているところは，かつてのポリーニからはあまり感じられなかったもので，この辺りは近年の大きな変化と言えるかもしれません。
演奏表現としても，１つ１つの音の美しさと，ニュアンス豊かな味わい深さにには格別なものがあり，音だけで聴く者の心を震わせる表現力がありますし，非常に周到で細やかな強弱のコントロールを行っている一方で，リズムやフレージングを揺れ動かすことのない，清澄で格調高いもので，聴いていて心洗われる思いがします。また，フレーズに気持を込めるようなことはせず，冷静にコントロールすることに徹している点は「三つ子の魂百まで」といった感があります。
これは強靱な意志を持って困難に立ち向かい壁を乗り越えるといったタイプのかつての演奏から，気負うこと無く冷静に作品の世界を俯瞰し，周到に磨き上げられた，的確で美しく均整された演奏へと変貌を遂げているのですが，その変貌を遂げた演奏の世界の完成度の高さは並大抵のものではなく，さらにはポリーニにのみ可能な格調高い構築性のある演奏であり続けてもいて，この不世出のピアニストの計り知れない偉大さを感じずにはいられません。
録音については，上述のように主にハイレゾで聴いたのですが，響きの質としては，ドイツ・グラモフォンのピアノの録音にありがちな，金色がかったブリリアントさを僅かに感じるものの，ポリーニの演奏するピアノのソノリティを高いレベルで再現できており，これだけの音の情報量を無理なく収録できているというのは，ハイレゾ録音やハイレゾ・マスタリングに対する習熟度の高さを感じます。これがＣＤだと，響きのニュアンスがどうしても大まかになるので，「音だけで聴き手の心を震わす表現力」という音のスペシャルなところが十分に再現されないというのが正直な感想です。
そんなわけで，近年，心身の衰えが隠せなくなっていたポリーニが，かつての強靱な演奏に変わって，磨き上げられ，均整の取れた，完成度の高い，独自の演奏の世界をつくり出すに至っていることを聴き知ることができ，これはポリーニ自身だけでなく，世界中の聴き手にとっても大いに慶賀すべきことですし，これはベートーヴェンの後期のソナタの１つの非常に優れた演奏を聴ける名演名盤として強力に推薦したいと思います。
2020.3.8
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