蔵島由貴のショパンの練習曲集
◎ショパン １２の練習曲集 作品１０ １２の練習曲集 作品２５ ３つの新しい練習曲集 蔵島由貴（ピアノ） <2013.3.6-8> TRITON OVCT-00097 ２００６年に東芝ＥＭＩからデビューＣＤリリースしていた蔵島由貴の久々の 録音です。レーベルもオクタヴィアレコードのTRITONに移籍しています。 今回はショパンの練習曲を，３つの新しい練習曲も含めて全曲を演奏していま す。蔵島由貴自身がブログに書いているところによると，「ショパンのエチュー ドはピアニストの力量がすべてさらけだされてしまうので，これをリリースする のは勇気のいる事だったが，クラシックの世界で生きていきたいと決意したから には，どうしてもやるべきだと思った。」ということで，相当な覚悟を持って取 り組んだようです。 蔵島由貴のＣＤにはデビューＣＤと，ラフマニノフのピアノ協奏曲第２番とが あって，いずれもピアニストとしての優れた資質と，真っ当で真摯な演奏姿勢が 感じられるものでしたが，今現在においてどんな演奏を行うようになっているの か注目です。 それでさっそく聴いてみると，演奏はアグレッシヴなものでも，テクニックや パワーやキレの際立つものでもなく，過不足のないテクニックで明朗に作品を歌 い上げている，大変に魅力的な演奏であることに嬉しい驚きを感じます。 ここで聴かれる演奏は，１つ１つの曲について，自身の解釈によって聴き手に 伝わる表現内容を明確に表出し得ており，さらには，やさしさと親密さと，音楽 する喜びにあふれたパッセージが実に印象的かつ魅力的で，聴いていて心和み， 幸せに満たされる思いがします。 それにしても，この演奏で聴かれる蔵島由貴の成熟と進化には全く驚くばかり で，例えば作品１０の１２の革命エチュードは，７年前のデビュー録音にも収録 されており，克明で華麗でひたむきな演奏を聴くことができましたが，今回の演 奏では，切羽詰まったようなところがなく，一層巧みな音のドラマを，粒立ちの 良いパッセージワークで余裕を持って描き出しており，これは謙虚に誠実に精進 を重ねてきた賜物ではないかという気がします。 あるいは聴き方によっては，演奏の厳しさも，テクニックの凄味も，強靱な意 志も，深みのある表現も感じられない，物足りない演奏と評する向きもあるかも しれませんが，ここでの蔵島由貴は，演奏のこういった面を極めていこうとする よりも，自身が作品から感じたことや，演奏を通じて表現し得ることを希求して おり，そもそものコンセプトが違うように思います。 特にショパンの練習曲の場合は，ピアニストにとっても腕試し的な面が強く意 識されるからか，鮮やかなテクニックをベースに，ドラマチックで多彩な表現を 競うかの感があって，事実そういった演奏を数多く聴いてきたのですが，実は他 の多くの作品と同様に，自身の表現の世界によって描き尽くすことができる作品 なのだということを実感することができて，まさに目から鱗が落ちる思いでした。 録音については，オクタヴィアレコードのクルーによるＤＳＤ録音であり，演 奏のダイナミズムを余裕を持って捉えているとともに，音色や響きの再現も良好 で，文句なしの優秀録音だと思いますが，通常のＣＤであるために，ＳＡＣＤな ら聴けたであろう響きの重量感や厚み，音のキレの再現といったものを聴くこと ができないのが悲しいところで，演奏が素晴らしいだけに，どうしてＳＡＣＤで 発売してくれなかったのかと，恨んでも恨みきれない気持です。 そんなわけで，これは現在の蔵島由貴の素晴らしい演奏センスと親密で飾らな い人間性が伝わるとともに，ショパンの練習曲の大変魅力的で充実した演奏が堪 能できて，聴く人を幸せにしてくれる類い希な１枚として強力に推薦したいと思 います。
2013.8.24
