ヴァント指揮ベルリンフィルのブルックナー８番ライヴ
◎ブルックナー 交響曲第８番 <2001.1.19〜22> ヴァント指揮，ベルリンフィル RCA BVCC-34041〜2 今年１月のベルリンフィルの定期演奏会のライヴ録音です。ヴァントとベル リンフィルのブルックナーのライヴ録音は，１９９６年の５番，１９９８年の ４番と９番，１９９９年の７番に続くもので，第８番は１９９６年９月に演奏 されており，ＦＭでも放送されていましたが正規盤ＣＤは発売されませんでし た（海賊盤で発売されています）。 ヴァントは来年の１月で満９０歳となるそうで，このＣＤは「ギュンター・ ヴァント９０歳記念」と銘打たれています。今回のリリースは国内盤と輸入盤 の同時発売と予告されており，国内盤は税抜き２,８００円なのに対し，輸入盤 は多くのショップで２,０００円未満の価格となっていることから，私としても 当然，輸入盤に手を伸ばすところなのですが，国内盤は詳細なインデックスと 金子建志氏による詳細な分析が付されているということであり，そして何より， 国内盤であれば発売日には確実に入手できるだろうと思って，大手のオンライ ンＣＤショップに注文していたのですが，発売日後すぐには発送されず，昨日 になって発送したというメールが届き，本日ようやく入手できました。 ヴァントのブルックナーについては，ＣＤが発売される度に大きな関心を持っ て聴いてきており，今年発売された北ドイツ放送響との来日公演ライヴや，昨 年発売されたベルリンフィルとのブル７の感想も書き込んでいるところで，特 にベルリンフィルとの演奏については，私はあまり好意的な印象を抱いておら ず，期待と不安の入り交じった気持ちで聴き始めました。 今回の演奏も，恐ろしいまでの集中と驚異的なまでに克明なアンサンブルは オーケストラ演奏の１つの究極を思わせるもので，ヴァントのアプローチも， この当代最高のアンサンブルとともに自分自身の理想的なスコアの再現を非妥 協的なまでに追求しており，まさに息を呑むばかりの名演が繰り広げられてい ます。 ヴァントはこれまでもベルリンフィルとともに，客観的アプローチに徹した 非常にハイレベルなブルックナー演奏を行ってきたところですが，今回もその 指揮は詳細を極め，効果的な強弱の変化や表情付け，雄弁なフレージングなど は全く見事ですし，時にゾクッとするほどの深淵の瞬間を感じることもあり， これまで以上に深化した演奏といえるのではないかと思います。 そして，このことはヴァント自身も十分に自覚していることとは思うのです が，演奏自体が厳しいまでの客観性に立脚しているため，なんだか精神修養の 場に立ち会っているような気がしますし，全体を貫く大きな流れをつくり出す よりも，詳細な表現上のこだわりの積み重ねによってつくり出されている演奏 であり，聴き手の心にメッセージを訴えかけるといったタイプの演奏ではない ため，この演奏で聴かれる表情付けは，解釈上の必然ではあっても，内的欲求 からの必然ではないからなのか，巧みではあっても作為を感じることがあるの もまた事実です。 同じヴァントの指揮でも，例えば今年聴いた北ドイツ放送響との来日演奏会 のライヴ録音では，その非妥協的姿勢は自らの内にとどめ，オケを叱咤するよ うなことはせずに，持てる最善の内容を引き出しつつ，それをさらに少しでも 引き上げていこうとする意識が感じられたのでしたが，相手がベルリンフィル となると，一転してオケともども究極のスコアの再現に向かってひたすらに邁 進する姿勢となっているのは興味深いところです。 ここでのベルリンフィルは，技術的に高度な要求に見事に応えており，やは りこれだけの能力を持ったオケは他にないなという思いがしますが，同時に， 指示されたことに従っているだけで，オケとしての主張が感じられないのも， これまで聴いてきたヴァントとベルリンフィルのブルックナー演奏と同様でし た。 そしてこのことについては，私は現在のベルリンフィルに限界を感じ，危機 感すら抱いていたのでしたが，もしかすると，この演奏に限ってベルリンフィ ルはヴァントの鏡になろうと徹しているのかもしれないなと，今回聴きながら 思い至りました。もちろん実情は知る由もありません。 いずれにせよこれは，ヴァントとベルリンフィルによるブルックナーの最高 峰ともいうべき出来栄えであり，技術的に高次元な演奏であるにとどまらず， それを通じて垣間見られるかもしれない，超然とした表現の世界を予感させる ところまで来ていることには驚嘆せずにはいられませんでした。 私はヴァントとベルリンフィルのブルックナーの演奏については，その技術 的な凄さ，スコアに立脚した高い客観性を評価しつつも，それゆえの限界を感 じないわけにはいかなかったのでしたが，今回の演奏では時に，作為の跡をと どめずに深い表現を描き出している瞬間を感じることができ，演奏の完成度が 高まったことで新たな地平が見えてきた思いがします。とはいえ，この前人未 踏の境地を切り開いていくとなると，さらに道のりは遠いですね。９０歳を迎 えようとするヴァントのこの演奏姿勢には鬼気迫るものを感じますが，この先 どんな境地に辿り着こうとしているのか，固唾を呑んで見守りたいと思います。
2001.11.4
