小澤征爾指揮サイトウ・キネン管のマーラー９番ライヴ
◎マーラー 交響曲第９番 <2001.1.2〜4> 小澤征爾指揮，サイトウ・キネン管 SONY CLASSICAL SRCR 2725〜6 前年の第２番「復活」に続く，小澤征爾とサイトウキネンによるマーラー の交響曲の東京でのライヴ録音です。ＣＤケースの記載によると，サイトウ・ キネン・オーケストラの１０周年記念ＣＤでもあるのだそうです。今回の曲 目はマーラーの作品のみならず，交響曲というものの１つの究極を具現して いるともいえる９番ということで，やはり１０年目の節目を意識していると いうことなのか，あるいはようやくこの作品を演奏できるまでになったとい うことなのか，私には知る由もありませんが，いずれにせよ，どんな演奏が 聴けるか興味津々です。 それで実際に聴いてみても，総じて，非常に高い技量と集中力に支えられ た高度なアンサンブルが聴かせる絶妙な味わいは，このコンビがこれまで追 求してきた演奏のコンセプトの究極を思わせるもので，オーケストラ全体が １つの生命体となって鳴り響いているかのような一体感があり，さらに作品 全体を見渡した有機的な流れも素晴らしく，それらが絶妙を極めた響きに乗 せて運ばれていて，これはもう息を呑むばかりに見事な演奏と言うほかあり ません。 もちろん，細かいことを言えば，音が厚く重なるところで明瞭度を失いが ちだったり，ソロが目立ちすぎるように思えるところがあったりということ はあるのですが，これは録音のせいもあるかもしれませんし，私自身も聴い ていて，この演奏がもたらしてくれる充実感と耳の快楽には全く抗しがたい ものがあって，演奏の素晴らしさにただただ聴き惚れるばかりでした。 この演奏は上述のように演奏自体のレベルが非常に高く，特色も明快であ り，数多く存在するこの作品の録音の中にあっても，独自の存在意義を保ち 続けることは間違いないだろうと思う一方で，マーラーの交響曲第９番とい う作品に特別な思い入れのある聴き手としては，この演奏が優れていればい るほどに，ないものねだりな気持ちを抱いてしまったのもまた事実です。 そのないものねだりとは何かというと，美しく奏でられる旋律や響きが私 という聴き手の琴線に触れることなく過ぎ去っていくばかりに思えることや， 演奏を通じて聴き手に伝えようとするメッセージ性に乏しいこと，そして何 よりも聴き終えて私の心の中に何も収穫が残らないように思えることなどで す。 もちろん，ここに至って主観的な演奏をすべしと主張しようとは思いませ んが，一定のレベル以上の演奏であれば，演奏する側の表現上の意図の有無 にかかわらず聴き手に伝わるものがあるはずで，それは演奏者のアイデンティ ティや価値観の反映であったり，もっと端的に言えば巧まず滲み出るパーソ ナリティがあるのではないかということなのです。 今回の演奏からは，たしかにこのコンビの持ち味やパーソナリティを感じ 取ることはできますし，それが最大限発揮されているとは思います。しかし その持ち味というのは，あえて何かを表現することを避けて技術的な次元で の高度な演奏をひたすら目指しているばかりであって，それはある種の頑な さかもしれませんが，私には自分たちを覆っている殻を破ることができない でいるように思えてなりません。 誤解の無いように重ねて述べたいのですが，ここで聴けるのは，非常に優 れた感動的ですらある演奏なのです。ですから，このＣＤに対しては各方面 で絶賛されるであろうことは想像に難くないのですが，その優れた演奏であ ることを認めた上で，私としてはなお不満が残るということなのです。 その意味では，ここで述べている不満は非常にレベルの高いものであり， 過去に私は，ヴァント指揮ベルリンフィルのブルックナーのライヴ録音でも 同様の不満を述べたことがあります。音楽の聴き方は人それぞれであり，私 のような不満を抱くことが信じられないと思われる方もいらっしゃるかもし れませんが，しかし，私には他人に聴かせるためのコミュニケーションとし ての演奏行為そのもの存在意義に関わる問題ではないかと思っています。 私は昨年発売された，このコンビのマーラーの「復活」のＣＤの感想では ここまでのことを書いていません。それは今回の９番の演奏は前回の「復活」 以上に，現代のオーケストラ演奏の最高峰，最先端のところでの問題を考え させてくれるだけの高みにある演奏であったがゆえに，こういったことが意 識されたのではないかと思っています。 またしても偉そうなＣＤ感想を書いてしまいましたが，大変な聴き応えの ある演奏であることには間違いないので，ぜひ多くの方にこのＣＤを聴いて みてほしいと思っています。
2001.9.16
