千住真理子のイザイの無伴奏全曲
◎イザイ 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ（全６曲） 千住真理子（ヴァイオリン） <2014.10.8-10> UCJ JAPAN UCCY-1048 (SHM-CD) 今年がデビュー４０周年になるという千住真理子が，バッハの無伴奏ヴァイ オリンのためのソナタとパルティータの全曲録音に続いて，イザイの無伴奏ヴァ イオリン・ソナタの全曲録音を行いました。ちなみに，ＣＤのリリースはイザ イの方が先で，次いでバッハが発売されていました。 千住真理子はイザイの無伴奏ソナタに対しても，ひとかたならぬ思い入れが あるようで，解説書には「イザイと共に生きていこう。ヴァイオリニストとし て生まれてきたからには，イザイと共に死んでいこう。」と自ら書いていまし た。 さっそく聴いてみると，この作品の演奏で通常聴かれるような，激しいエモ ーションや情念とともに強烈に訴えかけるといったものではなく，冷静で丹念 で克明な演奏であることが特徴的なのですが，他方，弾き手の中にある確かな 思いとともに，作品に内在するドラマを過不足なく表出し得ているために，十 分な聴き応えのある演奏となっています。 これは，演奏における体格や基礎体力の違いとでも言えばよいのか，演奏の スケールやパワフルさといった点に関しては，一定の範囲の中にはあるものの， それゆえの独自の演奏の世界というものがつくり出されているように思われま す。 そして，長年に亘ってこの作品に取り組んできた中で培われてきた，作品へ のビジョンと，多彩な演奏技法の的確で克明なコントロールとによって，視界 明瞭でクリヤーな作品の世界を描き出しており，そこには，あからさまではな いものの，ゆるぎない確かな思いがひたひたと感じられ，さらには，これらを 実現している強い克己心には聴いていて背筋が伸びる思いがします。 千住真理子は，このイザイに先立つバッハの無伴奏の録音においては，１人 の信徒としての勤めをひたすらに果たしていくような，無私でひたむきな演奏 を行っていたのでしたが，このイザイの演奏においては，作品を深く理解し， 表現を掘り下げていきながら，そこに自己投影をし，自らの刻印を刻み込むよ うな演奏となっており，まさにこの点において，唯一無二の秀逸な演奏たり得 ているのではないかと思われてなりませんでした。 録音については，前回のバッハ，今回のイザイともに，草津国際音楽の森コ ンサートホールで行われたレコーディングセッションで，ヴァイオリンの音像 を間近に捉え，一定の空間を感じる残響とともに収録されており，比較的オー ソドックスなタイプの録音と思われますし，特段の違和感はありません。 また，これは通常のポリカーボネートのＣＤではなく，ＳＨＭ－ＣＤなので， 特有のすっきり感や，細部の情報欠落感のある音になっており，ヴァイオリン の音色の細部のニュアンスを十分に聴くことはできないので，演奏の印象につ いても幅の狭まったものになっている可能性があります。なので，これをハイ レゾやＳＡＣＤで聴いた際には，さらに踏み込んだ演奏表現を聴き取れる可能 性は十分にあると思われます。 そんなわけで，これは現在の千住真理子が，持てる技量を尽くし，ひとかた ならぬ思いを込めた渾身の演奏を聴くことのできる１枚として強力に推薦した いと思います。
2015.3.15
