ラトル指揮，ベルリンフィルの「くるみ割り人形」全曲
◎チャイコフスキー バレエ「くるみ割り人形」全曲 <2009.12.29-31> ラトル指揮，ベルリンフィル，リベラ（少年合唱） ＥＭＩ TOCE-90150/51 (2CD & DVD) ＥＭＩに継続的に録音を行っている，ラトル指揮のベルリンフィルの新譜で， 今度はチャイコフスキーのバレエ「くるみ割り人形」全曲の録音が発売になり ました。国内先行発売です。 ラトルとベルリンフィルは，近年「くるみ割り人形」の第２幕全曲と第１幕 の抜粋を，いくつかのコンサートで演奏してきていたところですが，機が熟し たということなのか，全曲の録音に踏み切ったようで，昨年の大晦日のジルヴェ スター・コンサートに併せて録音が行われ，第１幕はレコーディングセッショ ン，第２幕はライヴ録音が収録されています。 この国内盤ＣＤにはボーナスＤＶＤが同梱されており，ラトルのインタビュ ーと，第２幕の演奏の抜粋が収録されています。ＣＤの方はＨＱＣＤでの発売 です。 さっそく聴いてみると，これまで数多く聴いてきたこの作品の演奏と，演奏 の趣が異なっており，軽い違和感のようなものを感じたのですが，繰り返し聴 いていくうちに耳が慣れてきて，この演奏の特徴が理解できるようになってき ました。 この演奏の特徴というのは，要するに昨年聴いたブラームスの交響曲全集と 同様で，ベルリンフィルの最強ともいえる合奏力を駆使して，細部に至るまで 克明にスコアを再現しており，それが驚異的な分解能と，ほとんど全てのフレ ーズで細やかなアクセントや表情の変化が聴かれるので，それらを聴ききるの に慣れを要したということのようです。 また，この演奏はストーリーテラーという点では，これ以上考えられないほ ど克明で多彩な物語を語ってくれている演奏であり，オーケストラのコンサー トでの演目としては，大変に聴き応えのある演奏であり，そのめくるめく表現 の世界を存分に堪能することができたのですが，他方，「バレエ音楽」として の「くるみ割り人形」の世界とはかなり様相を異にしていることも事実です。 この演奏での詳細な表現の変化や，高解像度のスコアの再現の一方で，バレ エの優雅な踊りに結びつくようなエレガントで滑らかなメロディラインを聴く ことはできず，これは両立し難いことなのでやむを得ないかなという気がしま すし，演奏上の情報量の多さや雄弁さは伴奏の域を遙かに超えてしまっていま す。しかしこれらのことは，ラトルとベルリンフィルのコンセプト通りといえ るのではないかと思います。 それにしてもこの演奏は魅力的です。これほど多彩で変化に富んだフレーズ が，ビシッと引き締まったアンサンブルの中から次々と飛び出してくるのを聴 くのは耳の快楽であると同時に，完璧な技に接したときの爽やかな感動を覚え ますし，この作品にはこんなにも多彩な表現が詰め込まれていたということを 再発見させてもくれました。この作品でこんなに感動することがあろうとは， もうビックリです。 音質については解像度が高く，響きの質感にも優れた秀逸なもので，上述の 感想も，これだけの音質で聴けたからこそ得られたものだと思います。ただし， この国内盤はＨＱＣＤなので，通常盤の輸入盤が発売されればさらに情報量の 多い音質で聴けるのではないかと思っています。それから毎回述べていること ですが，これだけの優秀録音なのにＳＡＣＤでないのが残念です。 そんなわけで，これはバレエで踊るための演奏というのとは一味違う，コン サート用の演奏に徹し，驚くべき表現力と情報量を有した，文字通り画時代的 名演というべき演奏であり，バレエ音楽ファンのみならず，音楽を愛好する人 に広く強力に推薦したいと思います。
2010.8.
