原田英代のシューマンの幻想曲，クライスレリアーナ，アラベスク
◎シューマン 幻想曲 クライスレリアーナ アラベスク 原田英代（ピアノ） <2009.6.16-18> 独AUDITE 92.577 (SACD Hybrid) 現在はドイツに在住して活躍している原田英代は，独AUDITEから録音をリリ ースしており，これまでグリーグの抒情小曲集と，チャイコフスキーとラフマ ニノフの作品の２点がＳＡＣＤハイブリッド盤で発売されていましたが，新た にシューマンの作品を収録した新譜が発売になりました。嬉しいことに今回も ＳＡＣＤハイブリッド盤での発売です。 収録されている作品は幻想曲，クライスレリアーナ，アラベスクで，個人的 にシューマンのピアノ曲の中でも特に愛好している３曲なのが嬉しいところで すし，前回リリースのチャイコフスキーとラフマニノフも優れた演奏でしたの で，ＳＡＣＤの音質ともども今回も期待したいところです。 さっそく聴いてみると，最初の幻想曲は，決して弾き急がずに克明な演奏を 行っているだけでなく，音符の１つ１つが精妙にコントロールされており，聴 き始めた直後は，たくさんの音が聴こえるために，まとまりが良くないように 感じましたが，すぐに耳が慣れ，曲趣に応じたロマンティックなで味わい深い 表現の世界を感じ取れるようになり，それを心ゆくまで堪能させてもらいまし た。 続いて演奏されているクライスレリアーナでは，さらにパッショネートさと 曲趣を切り替える反応の良さが加わって，集中度の高いスリリングな演奏をつ くり出しており，スローな曲での雰囲気のつくり方，間の取り方も絶妙で聴き 手の集中を途切れさせませんし，なかなか実態の掴みにくいこの作品の世界を， 落ち着きを持って，明瞭かつ多様に描き出しており，その美しい表現力に惹き 付けられつつ聴き入りました。 最後のアラベスクは，３回演奏されるテーマの部分はスムーズな呼吸でサラ サラと弾いており，短調１のしっとりとしたフレーズの味わい，短調２の訴え かけるような憧憬の表現，コーダの夢見るような面持ちのそれぞれを，克明で 美しいタッチによって描き出しており，あっという聴き終えてしまうのが残念 に思えるくらいでした。 こうして聴いてみると，いずれの作品においても，オーソドックスな印象の 表現による演奏を行っているにもかかわらず，その精妙な表現にはフレッシュ さが感じられますし，清々しい音色の美しさも加わって，聴いていてまさに心 洗われる思いでした。もちろん私もこの録音には期待していたのですが，正直 なところこれほどの演奏が聴けるとは予想していなかったので，これは嬉しい 驚きでした。 録音は響きの良さから録音でも多用されるベルリンのイエス・キリスト教会 で行われており，44.1kHz／24bitのＰＣＭ録音です。そしてこの音質が呆れる ほどに素晴らしく，響きが生々しいというだけでなく，眼前で演奏されている ようなリアリティがあり，細かなタッチや音色の微妙な変化までをも，はっき りと聴き取ることができます。この録音の秀逸さは，ＳＡＣＤレイヤだけでな く，ＣＤレイヤでもかなりの程度聴き取れるのではないかと思います。 そんなわけで，これは収録されている作品の，ベストを争いうる秀逸な演奏 を，秀逸な録音で聴くことのできる，文句なしの１枚として強力に推薦したい と思います。
2010.5.4
