ファジル・サイのベートーヴェンのピアノ・ソナタ集
◎ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第２３番「熱情」 第２１番「ワルトシュタイン」 第１７番「テンペスト」 ファジル・サイ（ピアノ） <2005.6> NAÏVE(avex classics) AVCL-25092 常に既成概念にとらわれずに，独自の演奏の世界を聴かせているファジル・ サイによるベートーヴェンのピアノ・ソナタ録音です。この録音は昨年，仏 NAÏVEから発売されていたものですが（V 5016），当盤はエイベックスが国 内盤仕様で発売したものです。 このＣＤ解説書にはサイ自身の文章が最初に掲載されており，「・・・こ こに録音したソナタは，私が自分の心の中で聴き，感じ，演奏し，心の声で 歌い上げることが出来ると感じたものです。ベートーヴェンが書いたものに は細部まで徹底してこだわりつつ，すべてに自分の心の声を通わせることが 出来ました。・・・」と述べられており，どのような演奏家聴けるのか大変 楽しみです。 さっそく聴いてみると，サイは完全に作品の世界に入り込んで演奏してお り，持ち前の鮮やかなテクニックを駆使した，克明でダイナミクスの幅が広 く，共感の度合いも感情の起伏も大きい刮目すべき演奏を聴かせています。 最初の「熱情」では，第１楽章は叩き付けるような強烈な打鍵によって激 しい感情のうねりを聴かせ，第２楽章は強弱やタッチ，フレージングを自在 に変化させながら，変奏曲であるこの楽章のそれぞれの楽節を鮮やかに表現 した七変化的演奏であり，第３楽章は克明なパッセージワークを駆使し，速 めのテンポでエモーショナルな感情のほとばしりとともに疾走する演奏を聴 かせています。 続く「ワルトシュタイン」では，第１楽章は速めのテンポで快調にリズム を刻みつつ，明朗で積極的で爽快な表現を聴かせ，第２楽章は多様な表現の 変化とともに作品と戯れるような趣の演奏であり，第３楽章は楽節の移り変 わりに応じた多様な表現を感じたままに描き出しした自在な演奏を聴かせい ています。 最後の「テンペスト」では，第１楽章は変化に富んだ表現を聴かせると同 時に，集中度の高さと求心力の伝わる演奏であり，第２楽章は細やかなタッ チの変化と自在なフレージングによって共感豊かな表現を聴かせ，第３楽章 はキレの良いタッチで毅然とした表現を描き出しながら，心もち速めのテン ポで弛緩することなく楽章を駆け抜けていく演奏を聴かせいています。 こうして聴いてみると，サイ自身が解説書で自信のほどを述べただけのこ とはあって，作品の隅々までサイの解釈ないしは共感が行き渡っていて，し かも表現の幅は大きく，静かな共感のふるえから，驚くほど大胆な表現に至 るまで間然のない演奏を聴かせながら，ベートーヴェンのソナタからあふれ るほどの多彩なドラマを描き出しており，最初から終わりまで聴く者を捉え て離さない強烈な個性をもった演奏でした。 そんなわけで，これは数え切れないほど録音されているベートーヴェンの ソナタのユニークで大胆で説得力のある見事な演奏であり，あまりに主観的 な演奏と感じられる面はあるとしても，唯一無二の存在感をもった見事な演 奏が収録された１枚であり，強く推薦したいと思います。
2006.4.30
