曽根麻矢子のバッハ「イギリス組曲」全曲
◎Ｊ・Ｓ・バッハ イギリス組曲（全６曲） 曽根麻矢子（チェンバロ） <2004.10.28-9 No1&2, 2004.5.27-8 No3&4, 2003.10.30-1 No5&6> AVEX CLASSICS AVCL-25033〜4 (SACD Hybrid) 人気，実力の両面で，現役チェンバリストの第一人者といえる曽根麻矢子は， 一昨年からバッハの作品の連続演奏会を行っていて，これは６年かけて１２回 の演奏会を行うという大プロジェクトなのですが，これはそのうち最初の３回 の演奏会と平行して録音されたものです。 これらの演奏会では，それぞれイギリス組曲とフランス組曲から同じ番号の ものをそれぞれ２曲づつ演奏しており，３回の演奏会で両曲を全曲演奏し終え たことになり，このＣＤにはイギリス組曲全曲が収録されています。 曽根麻矢子は現在はエイベックス・クラシックに録音をしているところで， 昨年発売されたバッハの名曲集はＣＣＣＤとＳＡＣＤのハイブリッドというも のでしたが，今回は通常のＣＤとＳＡＣＤのハイブリッド盤で，価格も２枚組 で税抜き３０００円と廉価なのも嬉しいところです。 さっそく聴いてみると，明るく伸びやかなチェンバロの音色が心地良いです し，演奏自体も大変にスムーズで，どこにも違和感や抵抗感を感じるところが なく，肩の力を抜いて安心して聴き入ることができるといった印象です。 ここでは，近年の曽根麻矢子の成熟した練達の表現を聴くことができるとい うべきか，作品を検討し尽くした上で，それを十分な技量を持って余裕を持っ て弾きこなしており，枠から外れないタイプの演奏であることは事実としても， 落ち着いた中にも生き生きとした表情と流れのよさと円満さがあって，安定感 のある非常に完成度の高い演奏を聴かせてくれていると思います。 この演奏での，楽器を心地良く開放的に鳴り響かせつつ，スムーズな流れの 中で細やかな変化の妙を聴かせる技量の高さとセンスの良さには強く惹き付け られますし，この明朗で円満な世界には女性的な包容力すら感じてしまうので すが，同時にこれは自身のゆるぎない演奏姿勢の表れであり，親しみを感じな がらも傾聴させられます。 もちろん，曽根麻矢子にしても常にこういった演奏のみを行っているという わけではないようで，自身によるこのＣＤの解説書の中でも，バッハは「一番 難しい」，「一番大切」だとしても「一番好き」かというとちょっと考えてし まうと書かれていますし，作品によってはもっと華やかだったり，ラプソディッ クだったりといった演奏を聴くことができるのでしょうが，バッハに対しては この演奏のようなアプローチになったということなのだろうと思います。 その意味では，最も好きとはいいがたいバッハの作品で，これだけ完成度の 高い演奏を行い得ていることは，日頃の真摯な研鑽の賜物に違いないでしょう し，よくぞここまで自身のオリジナルな演奏を創り上げたと敬服する思いなの ですが，敢えて述べることがあるとするなら，演奏の完成度とは裏腹に，多く を望まない消極的満足にとどまっているように思え，もっと果敢な姿勢があっ てもいいのかなと思ってしまったのも事実です。 またしてもいろいろ述べてしまいましたが，この録音は確かに積極果敢な面 は乏しいとしても，この作品の数多い録音の中にあっても，演奏の完成度の高 さに加え，円満で生気があって，聴いていて心安らぐ実に得難い名演であるこ とは疑いなく，強力に推薦したいと思います。
2005.4.29
