ヨリス・ヴェルダンのフランクのオルガン作品集
◎フランク 大オルガンのための６つの小品 −幻想曲 ハ長調 交響的大作品 前奏曲，フーガと変奏曲 パストラール 祈り 終曲 ３つの小品 −幻想曲 イ長調 カンタービレ 英雄的小品 ３つのコラール −ホ長調 ロ短調 イ短調 ヨリス・ヴェルダン（オルガン） 白RICERCAR RIC 223 (2CD) フランクの主要なオルガン作品を２枚のＣＤに収録したものです。このＣＤ では，フランクと同時代に活躍したオルガン製作者のアリスディード・カヴァ イエ・コル（Aristide Cavaille-Coll, 1811-1899）のオルガンを演奏してい ることが強調されています。カヴァイエ・コルのオルガンは，その後はカヴァ イエ・コル型として近代オルガンのモデルの１つとなり，彼の死後はシャルル・ ムタン（Charles Mutin, 1861-1931）がその後を継ぎましたが，ムタンの死後 の１９３４年にはプレイエルに吸収されてしまいました。 演奏されているオルガンは，スペインのサン・セバスティアンのサンタ・マ リア教会，ルーアンの聖ウーアン教会，スペインのアスコイティアのサンタ・ マリア教会のオルガンの３つです。それぞれに個性があって，雄弁なサンタ・ マリア，俊敏で機能的なルーアン，詩情あふれるアスコイティアといったとこ ろでしょうか。 実は，このＣＤは一昨年に同レーベルから 207402 という番号で発売されて いたものですが，今回は紙ジャケット仕様の趣向を凝らした体裁で再発売され たもので，私もこの録音を目にするのは初めてです。 演奏しているヨリス・ヴェルダン（Joris Verdin, 1948-）は，今年の国際 オルガン・フェスティバルではフランクのこのＣＤの収録曲を全て演奏するな ど，今ではフランク演奏の第一人者といえる存在です。ちなみにこのフェスティ バルではマリー＝クレール・アランがジャン・アランの作品を，ジークモント・ サットマリーがリストと現代音楽を演奏していました。 それで実際に聴いてみると，いずれもオルガンの音色が素晴らしく，僅かに 靄がかかったようなところはあるものの，やや暗めで落ち着いた音色には無限 のニュアンスを感じますし，思索的にすら感じられる柔らかな響きを聴いてい ると瞑想の世界に誘われる思いがします。 演奏しているヴェルダンは，月並みないい方ですが，作品を完全に手中に収 めた演奏を行っており，茫洋とした響きや瞑想的な雰囲気，鮮やかな強弱の対 比などを迷うことなく明瞭に描き出しており，作品の背後にある思索乃至瞑想 の世界を見事に顕現させています。 私はフランクの作品が大好きで，普段から管弦楽曲や室内楽曲，一部の声楽 作品などを愛聴している一方で，決して録音も少なくないオルガン曲に関して は，これまでＣＤを買い集めてはいても愛聴盤というところまでは至っておら ず，いまひとつなじめなかったというのが偽らざる心境でした。 それが今回のＣＤで聴くと，まず気付かされるのは同じフランクの作品であっ ても，これらのオルガン作品は，管弦楽曲や室内楽曲のように演奏会で聴かれ るといったものではなく，教会のオルガンを演奏しながら内面と対話していく といったものであり，コンサートホールのオルガンで華々しく演奏されるよう なものではないということで，このことが分っただけでも，作品の世界にずっ と近づくことができたような気がします。 フランクは終生，聖クロチルド教会のオルガニストだったのであり，オルガ ン作品は演奏会で披瀝するようなものではなく，自身の内面の対話と収穫を書 き綴ったものなのかもしれません。 それにしても，このＣＤで聴くと，フランクの意識の奥底にあるともいうべ き心境が確かな手応えをもって感じられて，これらの作品がいかに深みのある 豊饒な表現の世界を描き出し得ていたかということを，強烈にに得心させられ る思いで，この録音を聴いたわずか２時間強の時間のうちに，フランクの作品 と精神の世界に開眼させられた思いがしています。 また，このＣＤの録音は大変素晴らしく，一般的なハイ・フィデリティの尺 度ではどうなのかは分りませんが，これらの作品の演奏の世界を見事に再現し ており，これは単なる技術的なレベルの問題ではなく，どういった音を記録す るかというイマジネーションと美意識が問われる問題ではないかと思うのです が，この録音は演奏者が表現したかった音の世界が再現し得ているのではない かと思います。 そんなわけで，これはクラシック音楽のレパートリーの中でも決してメジャ ーとはいいがたいフランクのオルガン作品の世界を鮮やかに再現した傾聴すべ き名演・名録音であり，これほどまでに内的世界の豊饒さに満ちあふれた録音 が聴けることなんて滅多にないのではないか思いますし，この名曲名演にぜひ とも耳を傾けていただきたいと思います。
2002.12.29
