パガニーニ直系のジュゼッペ・ガセッタによるカプリース
◎パガニーニ カプリース
〜２３，２４，１５，１９，２２，１１，１３，５，７曲
ジュゼッペ・ガセッタ（ヴァイオリン） <1931>
伊ORL Edizioni CD-ORL-1-2000
これはパガニーニ直系のヴァイオリニストである，ジュゼッペ・ガセッタ
（Giuseppe Gaccetta,1914?-）による貴重な録音です。実はパガニーニにはカ
ミーロ・シヴォリというただ１人の弟子がおり，シヴォリにはフランチェスコ・
スフィリオという弟子がおり，そのスフィリオの弟子がガセッタなのだそうで
す。
ガセッタはスフィリオのお気に入りの弟子で，１０代にして完成されたテク
ニックと音楽性を身に付けており，１９３０年代にはいくつかの録音も行って
いましたが，戦争が彼の人生を狂わし，戦後はヴァイオリンを置いて大工とし
ての人生を歩むことになります。
ガセッタの存在は，彼の友人知人と一部の信奉者のほかにはほとんど知られ
ることがなかったのでしたが，一昨年，ガセッタが自宅から７０年前の録音を
発見し，周囲の薦めもあってＣＤ化したのがこのＣＤなのです。
このＣＤの制作を機に，ガセッタはマスコミでも採り上げられる有名人とな
り，地元のジェノアでは，昨年のパガニーニの生誕日の１０月２７日に，ジェ
ノア市の最も重要な賞の１つである "grifo d'oro"（黄金のグリュプス賞，グ
リュプスはギリシャ神話で鷲の頭と獅子の胴体に翼をもつ怪獣）を受賞し，昨
年末にはガセッタについての本「ジュゼッペ・ガセッタとパガニーニの秘密−
巨匠になることを選ばなかったヴァイオリニストの評伝」(注)も刊行されまし
た。
また，２０００年にはスフィリオの奏法を伝え，若手演奏家を支援するフラ
ンチェスコ・スフィリオ基金が創設されており，このＣＤの収益はこの基金の
収入となるそうです。
このＣＤにはカプリース全２４曲のうち９曲が収録されているに過ぎないの
で，収録時間も合計で２６分２８秒でしかありません。また，収録曲のうち，
１５，１９，１１，５，７曲は初出だそうです。
実際に聴いてみた印象はというと，１９３１年の録音としては音質は大変良
好で，演奏内容が克明に聴き取ることができます。演奏の方もテクニックは安
定していて線の細さは全くなく，とても１７歳の演奏とは思えません。
しかもこの録音での演奏は，現代の演奏を聴き慣れた耳からすると，切れ味
はさほどではないにせよ，低弦には力感が，高弦には細くて強いスピード感が
あって表現の幅も広く，テクニックのみならず心理的にも演奏の魔力に聴き手
を惹き込むのを楽しんでいるかのような余裕があって，これは今聴いても危険
な魅力がいっぱいの催眠術師的演奏といえるのではないでしょうか。
現代のヴァイオリニストがこんな演奏をすればインチキ臭い奴と思われかね
ませんが，聴き手にそんなことを考える暇を与えずに一気に催眠にかけられる
かどうかがこういった演奏の勝負の分かれ目なような気がしますし，それを可
能にしているのがパガニーニ直伝の奏法の秘密ということになるのでしょうか。
ガセッタは師のスフィリオが残したヴァイオリン奏法の著作を復刊し，そこ
にはパガニーニが伝授した奏法の細かな技術が記載されているのだそうで，今
や生ける伝説となったガセッタの存在や，このＣＤの復刻などと併せて，この
パガニーニ直伝の奏法が現代に甦るとしたら，ヴァイオリン演奏の世界が広が
ると同時に，聴き手を大いに楽しませてくれることが期待できそうです。
それにしてもこのＣＤを聴くことによって，現代のヴァイオリン演奏からは
聴くことのできない，独自の強烈な魅力を放つ演奏があることを知らしめられ
ました。その意味でもこのＣＤは一部の物好きが聴くようなものではなく，そ
れこそクラシック音楽の枠を越えて，高度な名人芸を存分に堪能していただき
たいものだと思います。
(注)GIORGIO DE MARTINO
Giuseppe Gaccetta e il segreto di Paganini
- La biografia del violinista che scelse di non essere il piu grande
DE FERRARI EDITORE
ISBN 88-7172-402-X
ＰＳ：このＣＤは入手容易ではないかもしれませんが，私はオンラインショッ
プの「アリアＣＤ」で入手しました。
下記ウェブページで，このＣＤの一部を聴くことができます。
http://www.musicherie.com/Artisti/Gaccetta/CDGaccetta/CDGaccetta.htm
2002.9.22