ボベスコの来日公演「ＴＤＫオリジナルコンサート」ライヴ録音
◎ヴェラチーニ ヴァイオリン・ソナタ ホ短調 作品２の８ ブラームス ヴァイオリン・ソナタ第１番「雨の歌」 ドビュッシー ヴァイオリン・ソナタ （アンコール） クライスラー プニャーニのスタイルによるテンポ・ディ・メヌエット ストラヴィンスキー 「イタリア組曲」〜タランテラ スコット・ジョプリン エンターテイナー セザール・エスペホ 古風なスタイルによる２つの小品〜プレスト ボベスコ（ヴァイオリン），岩崎淑（ピアノ） <1983.3.2> TDK Core TDK-OC011 ＴＤＫオリジナルコンサートの貴重な音源をＣＤ化しているＴＤＫコアの新 譜にローラ・ボベスコ（Lola Bobesco）のライヴ録音が登場しました。ボベス コ４度目の来日公演の日本都市センターホールでのリサイタルを収録したもの です。このＣＤの解説書では特に触れられていませんが，実は当日は上記収録 曲のほかにショーソンの詩曲も演奏されていて，放送もされています。個人的 には２枚組になってもいいのでぜひ収録して欲しかったところです。 それでさっそく聴いてみると，さすがにスケール感のある演奏というわけに はいかないにしても，誠実に作品にアプローチしており，芯のあるしっとりと した音色は魅力的ですが同時にどこか辛口なところがあり，真剣に演奏に対峙 しようとする聴き手に対してのみ，その魅力が明かされるといったタイプの演 奏のように思われます。 最初のヴェラチーニでの細やかで丁寧な歌い口は，作品を十全に咀嚼して自 己の表現を作りあげているというだけでなく，さりげないフレーズの端々には 実は息を呑むばかりに見事な達意の表現があって，まさに味わい尽きぬ思いの する演奏を聴かせていました。 次のブラームスのソナタも，親しみやすさというよりも毅然とした姿勢を感 じるのですが，同時に瑞々しい感性の伝わるもので，フレージングの間から情 感がこぼれ落ちてくるような思いがしますし，とりわけメロディアスな部分で のうち震えるばかりの表現には打たれる思いで聴き入ってしまったのですが， この作品の演奏でこれほどまでに聴き手に訴えかける内容をもった演奏という のは本当に希ではないでしょうか。 次のドビュッシーのソナタでも，作品を知り尽くした自在な表現を聴かせて おり，ここでは高度な洗練と同時に感性の赴くままに演奏しているような雰囲 気があって，おもねるところのない美しい音色は相変わらず魅力的ですし，こ の抽象度の高い作品から多様な表情を描き出していて，充実した楽興の瞬間を 堪能することができました。 このあとはアンコールになるのですが，なんと４曲も演奏されています。最 初のクライスラーは朗々とカンタービレを奏でる堂々とした演奏で，ストラヴィ ンスキーはテンポを急がずにくっきりと表情を描き出しており，ジョプリンは 聴く前にはやや異質な感じがしていましたが，実際に聴いてみるとノリという かフィーリングはイマイチと思えるのは事実としても，ボベスコのサービス精 神が十二分に伝わる演奏で，あれこれ論じるのは野暮天だなと思いましたし， 最後のエスペホは私も初めて聴く作品ですが，快活さの中にも微妙な味わいを 含んだこの作品を，自在な表情付けによってのびやかに演奏していました。 こうして聴いてみると，このライヴ録音からはボベスコのヴァイオリニスト としての独自の魅力にとどまらず，演奏会場でボベスコのパーソナリティに接 しているような親密感を感じることができますし，録音も当日の演奏の特色を 鮮やかに捉えており，たかがＣＤとはいえ，聴く者に得難い演奏会の思い出を 刻み込むことのできる稀有な１枚として強く推薦したいと思います。
2002.9.16
