これはセルがニューヨークフィルを指揮してマーラーの交響曲第６番を演奏したコンサートのライヴ録音で，１９６９年１１月２０，２１，２２，２４日にニューヨーク・フィルハーモニック・ホールで行われた演奏会のうちの，１１月２４日の演奏を収録したもののようです。  このクリーヴランド管とのライヴ録音を改めて聴いてみると，セルの的確な指揮の下で，いつもながらのアンサンブルの緊密さを聴くことができるとはいえ，スコアを再現することの先にある，作品の世界観や，ドラマチックで劇的な表現など，聴き手に迫る真実性といった点においては，今ひとつ熟度が低いように思え，このことは，クリーヴランド管が初めて演奏する作品であったことに加え，実はセル自身もマーラーの交響曲については必ずしも全面的に評価してはいなかったことも影響しているのかもしれません。 これに対し，今回のニューヨークフィルのライヴ録音は，クリーヴランド管との演奏から２年後に行われたものになるのですが，クリーヴランド管との演奏とは大きく異なっており，何よりもニューヨークフィルでは，マーラ自身が指揮し，戦後はミトロプーロスやバーンスタインなどの指揮者がマーラーの交響曲を指揮し続けてきた伝統と独自の流儀というものが斉しく共有されており，ニューヨークフィルのマーラーの演奏というものを存分に表出し得ていたのではないかと思われます。 言うまでもなく，セルは指揮者として非常に優れた統率力とバトンテクニックを有しており，ニューヨークフィルのアンサンブルをいつも以上に緊密にまとめ上げた，完成度の高い演奏を実現しているのですが，この演奏に関してはニューヨークフィルの方も，指揮者の指示に的確に応えながら，マーラーの交響曲演奏の模範を示しているようなところもあって，双方の相互作用によって生み出された類い希な演奏のように思われます。 同じニューヨークフィルの演奏であっても，バーンスタインが同曲を指揮した際には，作品に対する共感や思い入れ，エモーションの噴出を隠しもしない赤裸々な演奏であるのに対し，セルの指揮はいつもながらに客観的，冷静で，崩しのない画然としたものなのですが，その的確で激烈な表現は，聴くものに非情なまでの美しさと，強烈なインパクトをもたらしており，聴いていて身じろぎすることもできない戦慄の演奏であることは驚嘆以外の何ものでもありません。 この演奏の最後の音が鳴り止まないうちに，歓声と盛大な拍手が湧き起こっており，マーラーの交響曲を聴く機会が比較的多いニューヨークの聴衆にとっても，鮮烈な印象をもたらす演奏だったのではないかと思われます。 私はセルの演奏に関しては，クリーヴランド管を指揮したときのものが最高であると思っていたのですが，ことマーラーに関してはそうではなく，ニューヨークフィルとの演奏の方が遥かに素晴らしいということを知り，あらためて作品と指揮者とオーケストラとの関係は一筋縄ではいかないなと思ったところでもあります。 この録音は長らく存在すら知られていなかったものですが，ときおり聴衆の発する声や音が間近に聴こえるので，客席のマイクで捉えられていると思われます。音のクオリティはきちんとしたテープレコーダーで録音したもののようで，音の鮮度とキレが素晴らしく，解像度はそれなりで，ダイナミックレンジも上手くまとめられており，この時期のライヴ録音としては優れた音質だろうと思います。 そんなわけで，これは名指揮者セルが，ニューヨークフィルという優れたマーラー・オーケストラとともに，双方の持ち味を発揮して秀麗かつ激烈な演奏を実現した，一期一会的超名演として強力に推薦したいと思います。 ご覧いただいた感想をぜひお聞かせください |
