- モーツァルト
- ピアノ協奏曲第１５番 <1973.1.19>
- ピアノ協奏曲第２８番 <1966.6.24>
- フィルクスニー（ピアノ），マーツァル指揮（第１５番），セル指揮（第１８番），ケルン放送響
- 独WEITBLICK SSS 0209-2
貴重なライヴ録音を発掘してリリースしている独WEITBLICKはの新譜として，チェコの名ピアニスト，ルドルフ・フィルクスニー（Rudolf Firkušný, 1912-1994）のピアノ独奏によるモーツァルトのピアノ協奏曲を２曲収録した１枚が発売になりました。
収録されているのは，マーツァル指揮，ケルン放送響とのピアノ協奏曲第１５番と，セル指揮ケルン放送響とのピアノ協奏曲第１８番です。録音会場はケルン放送のクラウス・フォン・ビスマルク・ザールです。いずれも西部ドイツ放送（ＷＤＲ）の音源で，完全初出ということです。
このうち，セル指揮の１９６６年６月２４日にはチャイコフスキーの交響曲第５番も演奏されており，こちらはすでに英ＥＭＩ－ＩＭＧの「２０世紀の偉大な指揮者たち」のシリーズでＣＤ化されており，聴いた感想も書き込んでいるところです。
さっそく聴いてみると，最初のピアノ協奏曲第１５番では，フィルクスニーのソロは一聴すると自然でオーソドックスな印象ではあるのですが，実は１つ１つのフレーズや音に対して細やかなコントロールが行き届いていて変化にも富んでおり，それが非常に巧みで洗練されているために，違和感なく自然に聴こえているように思われます。
さらには，きらびやかさを抑えたソノリティと，ほどよい粒立ちのタッチからは清潔感や品位を感じますし，ほどよい感興と仄かな陰影もあって，作品を美しくも格調高く描き出した，聴いていて心洗われる思いのする演奏であり，すっかり惹き付けられてしまいました。
マーツァル指揮のケルン放送響の演奏は，際立った印象はないのですが，フィルクスニーのソロとも親和性の高い，親密な演奏をつくり出していたと思います。
次のピアノ協奏曲第１８番では，セル指揮のケルン放送響による序奏が始まった途端に，その整然と引き締まった響きとフレーズラインには思わず背筋が伸びる思いで，フィルクスニーのソロにも心なしか集中力と緊張感を増している感があり，感興あふれる自然な流れというのではなく，狙ったところに正確に音を落としていくような趣の演奏になっています。
これは，演奏時期の違いというよりは，やはり指揮者の違いだろうと思われ，マーツァルとのときはお互いの持ち味を出し合っていたのに対し，セルとの演奏では理想的な演奏の姿，イメージがあってオーケストラもピアノソロもそこに向かって演奏しているといった印象があります。
そのため，このセルとの演奏は，ストイックで引き締まった印象があり，フィルクスニーのソロもタッチにもフレーズにも緊張感があって，なんだか音楽を楽しむというよりは研鑽の場に居合わせているように思えてしまったのですが，均整の取れたクリヤーで完成度の高い演奏が繰り広げられており，おおいなる聴き応えとともに，存分に堪能させてもらいました。
こうして２つの録音を聴いてみると，改めて気付いたことがいくつかあり，まずはフィルクスニーのモーツァルト演奏の素晴らしさで，録音にしても師事していたヤナーチェクやドヴォルザーク，マルティヌーなどのチェコの作品が目立つところで，もちろんモーツァルトもレパートリーの一角であり，録音もあったとはいえ，実はフィルクスニーの演奏がこれほどモーツァルトの作品と相性がよいとは十分認識できていませんでした。
さらに，フィルクスニーの演奏やスタンスが，指揮者が替わることでこんなにも違ってしまうのかというのも発見というか驚きで，上述のようにマーツァルとの演奏ではお互いに勝手知ったる仲ということで，自分の持ち味も相手の持ち味も存分に発揮した，聴き手をも幸せにしてくれる演奏でしたが，セルとの場合は妥協を排した理想的な演奏の世界を共に実現するためにストイックに自らを律して完成度を高めようとしていたように思われ，フィルクスニーのセルに対する尊敬の念と謙虚さにも驚いてしまいました。
そして，セルの指揮についても，クリーヴランド管の音楽監督を務める傍ら，ヨーロッパのオーケストラに客演することも少なくなく，ケルン放送響を指揮する機会も何度かあったと思われるのですが，いかにもセルらしい筋の通った完成度の高い演奏をつくりあげているとはいえ，愉悦感とか，味わい深さといった面は希薄で，さすがにこれはクリーヴランド管とのときのようにはいかず，客演の限界というものも感じてしまいました。
録音については，いずれもいずれも西部ドイツ放送（ＷＤＲ）のオリジナル音源からのＣＤ化であり，ステレオ録音であり，放送録音らしく十分に明瞭かつリアルで色付けのない音であり，まずは申し分のない音質ではないかと思います。ただし，音色感についてはＣＤではなくＳＡＣＤやハイレゾであったならもっと微妙な部分が聴けるのではないかとも思います。
そんなわけで，これは，名ピアニストのフィルクスニーがマーツァルとセルという２人の指揮者と，それぞれに異なる持ち味を発揮した演奏を作り上げた，大変に魅力的な名演を堪能できる１枚として強力に推薦したいと思います。
2018.1.20
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