ブリュッヘン指揮，１８世紀管のモーツァルトの後期三大交響曲ライヴ
◎モーツァルト 交響曲第３９番 交響曲第４０番 交響曲第４１番「ジュピター」 ブリュッヘン指揮，１８世紀管 <2010.3.4> 西GLOSSA GCD 921119 (2CD) リコーダー奏者，指揮者として活躍したフランス・ブリュッヘンが，今年の ８月１３日に７９歳で亡くなられました。古楽やピリオドインスツルメンツに よる演奏の先駆者の１人であり，８０歳を前にしての訃報は残念というほかあ りません。 現在のところ，ブリュッヘンの最新のＣＤというと，今年になって発売され た，１８世紀管を指揮しての，モーツァルトの交響曲第３９～４１番のロッテ ルダムでの演奏会のライヴ録音ではないかと思われます。 ブリュッヘンと１８世紀管は，１９８０年代にもモーツァルトの後期交響曲 のライヴ録音をPHILIPSからリリースしていたところですが，それからほぼ四 半世紀を経過した現在において，どのような演奏が聴けるのか興味津津です。 さっそく聴いてみると，最初の交響曲第３９番は，一聴すると，あっさり， すっきりとした響きのように聴こえるのですが，刺激的な音がしないのは事実 としても，細部まで明瞭で精度の高いアンサンブルをつくりあげており，さら にはここの楽器の音色の明瞭さと全体のハーモニーとが絶妙なバランスで両立 しており，聴くほどにその見事さが明らかになるような演奏です。 作品の表現としても，力んだり，アクセントを際立たせたりということはな く，ダイナミクスの幅はそんなに広くないながらも，細やかなコントロールが 行き届き，逸ることなく冷静に弾き進めながらも，そこにはニュアンスと生気 に満ちたフレージングが聴かれ，まさに達人の一筆によって運ばれていくよう な，息を呑むほどの見事な演奏表現たり得ているのではないかと思いました。 次の交響曲第４０番は，特に演奏が問題となる第１楽章では，疾走するよう な，やや速めのテンポで，フレーズを深く刻まずに，整然と弾き進められてお り，非常に正鵠を得た演奏のように思われましたし，第２楽章以降も，あまり シリアスにならずに淡々と演奏しているようでありながら，ここでも鮮やかな 筆致の中にあらゆるニュアンスが込められているような，聴くほどに味わいを 増す演奏となっています。 最後のジュピター交響曲においても，絶妙な力加減のもとで，大ぶりな表現 を控えながらも，スムーズにコントロールされた演奏を行っているのですが， 同時に作品の構築性やスケール感を控えめながらも的確に描き出しており，さ らには非常に開放的でもあり，聴いていて胸の空く思いでした。 こうして聴いてみると，近年のブリュッヘンと１８世紀管の演奏の特色が明 快に現れていて，バランスとしては主旋律に対して，バスと内声部が劣らずに 拮抗しているのが特徴的ですが，アンサンブルを整え，過剰な表現を排し，よ り小さな身振り手振りで，精確で完成度の高い表現をつくり出そうとしており， 実際にそれが高い次元で実現されていると思います。 また，基本的に演奏のコンセプトは同じであっても，３つの交響曲それぞれ の特色を見事に表出し得ており，あまり大きく表情を変えずに多様な表現を行 うという，表現者としてまさに練達の域にあるのではないかと思わずにはいら れませんでした。また，若い頃のブリュッヘンは表現意欲も旺盛で，やんちゃ 坊主みたいなところがあったことを思うと，晩年の円熟にはひときわ感慨深い ものがあります。 反面，この演奏は，完成度の高い円熟の極みといい得るものであるものの， 抑制的で達観しすぎているというか，あらゆる表現が最小限の動作で的確に実 現されているといったものであるため，これに十分に感服し，満足できればい いのですが，もうちょっとストレートな表現が聴きたいとか，なんだか分った ような演奏をしているなとか思ったりすると，煮え切らない，物足りない演奏 と感じられてしまうかもしれません。 録音については，特に鮮明というほどではないのですが，解像度，音のキレ， 響きのバランスなどが，高い次元で調和しており，演奏のコンセプトを明瞭に 伝えうる優秀録音だと思います。これがＳＡＣＤであったなら，もっと明瞭・ 明晰な音質でこの演奏を聴くことができたはずなので，それが叶わないのが残 念です。 そんなわけで，これは聴き方によってはもっと明快で聴き映えのする演奏を 求めたい向きもあるかもしれませんが，そうであれば別の演奏を聴けばよいの であり，晩年のブリュッヘンが到達した練達の指揮による，絶妙極まりない演 奏が堪能できる感動的なライヴ録音として強力に推薦したいと思います。
2014.8.31
