ミケランジェリとチェリビダッケ指揮，フランス国立放送管の「皇帝」ほか
CD SACD single layer
◎ブラームス 悲劇的序曲 ベートーヴェン ピアノ協奏曲第５番「皇帝」 チェリビダッケ指揮，フランス国立放送管， ミケランジェリ（ピアノ：皇帝） <1974.10.16> ALTUS ALT 285 (CD) ALTUS ALTSA 285 (SACD single layer) ＡＬＴＵＳレーベルでは，チェリビダッケがフランス国立放送管の首席客演 指揮者（１９７３～７５年）だった時代のライヴ録音を発売しているところで， これはどの中の１点です。シャンゼリゼ劇場で行われた演奏会で，ＩＮＡ（フ ランス国立オーディオビジュアル研究所）の音源からのＣＤ化です。 これは，１９７４年１０月１６日のフランス国立放送管の創立４０周年記念 演奏会だったのだそうで，この日の演奏会では，上記のほかにフランス国歌， ブラームスの交響曲第３番，ラヴェルの「ダフニスとクロエ」第１，２組曲が 演奏されていましたが，今回のＣＤには残念ながら収録されていません。 今回収録の２曲のうち，ブラームスの悲劇的序曲はＣＤ－Ｒ盤で一度発売さ れていただけですが（米WORLD MUSIC EXPRESS： WME S CDR 1164），「皇帝」 の方はＬＰやＣＤで何度も繰り返し発売されている録音です。 さっそく聴いてみると，最初の悲劇的序曲は，テンポもフレージングもオー ソドックスなものなのですが，見事にコントロールされた響きの精妙さ，美し さは比類がなく，あまりシリアスなタイプの演奏ではないものの，鋭敏な感覚 で描き出された，緊張感のあるニュアンスを湛えた表現は，この作品の新たな 一面を見せてくれるようなところもあって，大変にクリエイティブで水準の高 い演奏にすっかり感服してしまいました。 次のミケランジェリのピアノ・ソロとの「皇帝」は上述のように，これまで 繰り返し発売されていた録音であり，完璧にコントロールされた輝かしい演奏 は同曲のベストの１つではないかと思っていたところなので，今回のＩＮＡの 正規音源からのＣＤ化を特に楽しみにしていたものです。 改めて聴いてみても，完璧なまでに粒立ちの揃ったタッチから繰り出される， 玉を転がすようなブリリアントな音色には，それだけでも強く惹き付けられて しまいますが，さらに感興に満ちたパッセージワークやフレーズの対比の妙か らは，明るく前向きな表現意欲が伝わってきて，聴いていて清々しい思いのす る，心地良い演奏を堪能させてもらいました。 チェリビダッケ指揮のオーケストラも，軽やかで反応が良く，明晰で洗練さ れた響きやフレージングなどは，ミケランジェリのピアノソロとの相性も抜群 で，価値観やコンセプトを共有し，同じ方向に向かって極めて高い水準に達し た，類い希なる演奏が実現されています。 こうして聴いてみると，どちらの作品の演奏においても，独自の美意識や価 値観と，それを実現する演奏水準の高さ，さらにはフランス国立放送管のポテ ンシャルの高さには刮目するばかりでした。 この時期のチェリビダッケとフランス国立放送管の正規音源の録音は，これ までほとんど発売されてこなかったこともあって，両者による，これほどまで に優れたオーケストラ演奏がかつて存在していたことは，ほとんど知られてい ないのではないでしょうか。 録音についても，これまで発売されていた非正規盤の音質を大きく凌ぐこと はもちろんですが，何よりも演奏のコンセプトを伝えうるくっきり明快な音質 であり，これだけの音質で聴けるようになったことについては感謝の気持ちで いっぱいです。 とはいえ，さらに欲をいえば，オリジナルのアナログ録音が有しているであ ろう音の情報量からすると，微細なニュアンスがカットされた，低サンプリン グのＰＣＭ録音といった感は否めず，これがＳＡＣＤであればさらにリアルで 表現力のある音質が聴けるのではないかという思いも拭えませんでした。 そんなことを思っていたら，このＣＤのリリース後に，ＳＡＣＤシングルレ イヤ盤でも発売になりましたので，こちらも入手して聴いてみたのですが，驚 いたことに音の情報量は増えておらず，音の輪郭線が太くなって聴きやすくは なったのですが，音の反応の良さや引き締まったストイックな表現などは後退 しており，ミケランジェリのピアノの音のエッジも丸くなっていて，個人的に はＣＤでの音質の方が好ましく感じられました。 どうしてこんなことになったのかは想像するしかありませんが，ＳＡＣＤ化 に使用したマスターはＣＤのマスターに使用した１６ビットＰＣＭと同等のも のだったのでしょうか。ＣＤの帯には「３２ビットリマスター」と表記されて いますが，ＩＮＡ提供された音源が１６ビットＰＣＭで，これを元に３２ビッ トマスタリングを行ったということなのかもしれません。 そんなわけで，これはチェリビダッケとフランス国立放送管の独自の美意識 が反映された高水準の演奏が聴けて，さらには「皇帝」でのミケランジェリの 空前絶後ともいうべき圧倒的なピアニズムを堪能できる，まさに類い希なる１ 枚として強力に推薦したいと思います。
2014.6.29
