インバル指揮，東京都響の新マーラー・チクルスの交響曲第３番ライヴ
◎マーラー 交響曲第３番 <2012.10.27-28> インバル指揮，東京都響， 池田香織（メゾ・ソプラノ）， 二期会合唱団，東京少年少女合唱隊 EXTON OVCL-00513 (2SACD Hybrid) インバルと東京都響は，昨シーズンと今シーズンの２シーズンに亘って，新 たなマーラー・ツィクルスが進行中で，第１番から番号順に交響曲が演奏され てきています。 この演奏会のライヴ録音をEXTONレーベルが収録して，ＳＡＣＤハイブリッ ド盤でリリースしており，これはそのシリーズの１枚です。 さっそく聴いてみると，非常に堂に入った演奏であり，インバルの指揮は自 信と確信に溢れ，オーケストラも余裕を持ってそれに応えており，明快なスコ アの再現と，雄弁なドラマをつくり出しています。 アンサンブルは緊密で，各パートの音のと溶け合いや応答もよく，トゥッティ での響きの厚みと充実感は比類なく，これは演奏技術，解釈，音の充実度のい ずれの面においても充実の極みにある演奏であり，その意味では，もはやこれ 以上は求めようがないとすらいいうるレベルに達しています。 演奏解釈の方向性としては，オーソドックスかつ明快なもので，特に奇を衒っ たようなところはないのですが，作品の理解度の高さと，個々のフレーズに対 する習熟度の高さに基づく，的確で熟達した作品描写によって，この長丁場の 作品が途中でだれたり無味乾燥になったりすることもなく，作品のパースペク ティブの中に聴き手を惹き込んだまま，あっという間に全曲を聴き終えたとい う印象でした。 さらには録音も大変秀逸で，空間が充実した響きによって満たされ，音に厚 みがあってが刺激的なところがなく，音色や演奏のニュアンスも的確に捉えら れており，もはや演奏会上で聴いているときの充実感と比較しても，大きな遜 色がないのではないかと思うくらいで，今どきのＤＳＤ録音というのは，これ ほどのリアリティと音の情報量があるのかと改めて驚き感心した次第です。 加えて，この録音においては，ＳＡＣＤレイヤのみならずＣＤレイヤの音質 も秀逸で，空間的な広がりや音の充実感をかなりのレベルで聴くことが可能で す。もちろん，ＳＡＣＤレイヤと比較すれば情報量の少なさはいかんともし難 く，情報量が少ないために音の薄さや目の粗さ，空間の密度の低さは否めない のですが，これも比較しなければ，大きな不満を感じないと思います。 ということで，これほど水準が高くて充実した演奏が聴くことができれば， もう大満足であり，あとは思う存分堪能するだけなのですが，実を言うと聴き 終えた際には，満ち足りた思いを覚えると同時に，何か引っかかるものを感じ てしまったのも事実なのです。 いったい何が引っかかったのかというと，この作品の演奏が，こんなに幸せ で円満なだけでいいんだろうか，ということで，高水準で安定感抜群であるこ との反面，身を賭したのっぴきならない表現も，呵責ない表現に切り込んでい くスリルも，ゾッとするような深遠の世界もなく，その意味では，クリエイティ ヴではあっても安心安全路線の演奏，あるいは，ぬるま湯に浸かっているよう な演奏だともいえるかもしれません。 ただし，このことに関しては毎度述べているように，これと異なるタイプの 演奏を求めるのであれば他の演奏を聴けばよいのであり，今回の演奏に対する 評価を何ら減じることにはならないと思います。 なんだか偉そうなことを述べてしまって大変恐縮なのですが，この演奏の素 晴らしさにも，録音の秀逸さにも疑問の余地はなく，誰にでも安心してお薦め できる１枚であり，この作品の完成度の高い１つの演奏スタイルを堪能してい ただきたいと思います。
2013.11.16
