TBS VINTAGE CLASSICSの，グリュミオーの来日公演ライヴ
◎ヴェラチーニ ヴァイオリン・ソナタ イ長調 作品１の７（第２楽章を除く） ドビュッシー ヴァイオリン・ソナタ ラヴェル ハバネラ形式の小品 バルトーク ルーマニア民族舞曲 フィオッコ アレグロ ムソルグスキー ホパーク グリュミオー（ヴァイオリン）， イシュトヴァン・ハイデュ（ピアノ） <1961.4.24 フェスティバルホール> ユニバーサル・ミュージック（ＥＭＩ） TOGE-11112(SACDHybrid) これは，ユニバーサル・クラシック（旧ＥＭＩ陣営）による，東京放送（現 ＴＢＳ）が保有する音源から選りすぐった録音を順次ＳＡＣＤハイブリッド盤 で発売するシリーズの１枚です。 グリュミオー（Arthur Grumiaux, 1922-1986）は，フランコ・ベルギー派の 名ヴァイオリニストとして日本の愛好家にもお馴染みですが，来日公演を行っ たのは，１９６１年の１回だけであり，このライヴ録音は大阪のフェスティバ ルホールで行われた演奏会を収録したものです。 さっそく聴いてみると，最初のヴェラチーニのソナタは第２楽章が収録され ていません。これは元々の演奏が省略されたのか，あるいは放送時間内に収め るためにオンエア時にカットしたからなのかは解説書等に記載が無く不明です。 肝心の演奏は，明るくカラッとした音色と，やや大きめのビブラートととも に楽器を朗々と鳴り響かせているのですが，比較的高い音域を中心としたこの 作品との相性が非常に良く，端正で陰影のある，ほどよい情感を描き出しなが ら感興あふれる演奏をつくり出しており，まさにクラシカルな名演としての魅 力と聴き応えを味わうことができました。 次のドビュッシーのソナタでは，ヴァイオリンのボディを存分に鳴り響かせ ながら，明快で濃厚なドラマを描き出しており，これまでの録音で聴いてきた グリュミオーの同曲の演奏と比較しても，音色や表現の押し出しの強さが際立っ ており，グリュミオーの雄弁な表現力の一端を垣間見る思いがするのですが， このことは実演であるということだけでなく，２７００席を有するフェスティ バルホールの広い空間で演奏しているという事情もあるのかもしれません。 ラヴェルのハバネラ形式の小品では，淡々と演奏するのとは正反対の，濃密 な響きと，パッショネートを秘めた粘りのある旋律線を描き出し，静けさの中 にもドラマチックな表現を感じることのできる，非常に印象深い演奏でした。 バルトークのルーマニア民族舞曲は，やや乾いた緊張感のある音色で，スト レートに作品にアプローチしており，作品の姿を過不足無く表現できています し，グリュミオーならではのノーブルな歌い口を聴くことができるのですが， 作品に対する共感溢れる表現であるとか，アクのある音色のようなものが聴か れないために，やや淡泊に思える面があったことは否めません。 これ以降はアンコールで，フィオッコのアレグロはヴェラチーニのソナタと 同様なテイストの作品であり，端正で気品のある音色と，明るく積極的なフレ ージングによって，素晴らしく流麗な演奏を聴かせてくれました。 ムソルグスキーのホパークは，作品のユーモラスな旋律と，名妓的な奏法の 数々を，明朗な響きと余裕のあるテクニックによって鮮やかに弾ききっており， 聴いていて楽しく痛快な演奏を楽しむことができました。 こうして聴いてみると，いずれもグリュミオーならではの演奏の魅力と特色 を存分に楽しめるもので，ピアノのイシュトヴァン・ハイデュもたしかな演奏 技術と感興に応じたスリリングな演奏をも演出していて，聴き応えがありまし た。 録音については，１９６１年のモノーラル録音であり，ダイナミックレンジ， 周波数レンジも，音の情報量にも限界はあるとはいえ，ヴァイオリンやピアノ の音色感や密度感のある音を聴くことができています。 そして，ＳＡＣＤレイヤにおいては，元の録音の音質の再現性が良いために， 演奏時の音や表現を明瞭に聴き取ることができるのですが，これがＣＤレイヤ になると，音が薄く細くなって，情報量が減るということだけでなく，演奏自 体が淡泊であっさりしているように聴こえてしまい，演奏の姿を正しく聴き取 ることができないのではないかと思われます。 もしこの録音がＳＡＣＤハイブリッドではなく，通常のＣＤで発売されてい たなら，このＣＤ感想の内容も大きく変わっていたと思われ，ノーブルで気品 のある，さらりとした演奏と感じていたのではないかと思います。その意味で は，ＣＤを聴いてその演奏を判断するということの恐ろしさを再認識させられ た気がしています。 いずれにしても，これは名ヴァイオリニスト，グリュミオーの一度限りの来 日公演のライヴ録音を聴くことができることに加え，特にＳＡＣＤレイヤにお いては実演におけるグリュミオーの演奏の姿を明瞭に聴き取ることのできる貴 重な１枚として強力に推薦したいと思います。
2013.9.29
