ヤン・リシエツキのショパンの練習曲集
◎ショパン １２の練習曲 作品１０ １２の練習曲 作品２５ ヤン・リシエツキ（ピアノ） <2013.1> 独GRAMMOPHON 479 1039 ドイツ・グラモフォンの新譜で，ヤン・リシエツキのショパンの練習曲集の ＣＤが発売されました。 ヤン・リシエツキ（Jan Lisiecki, 1995-）は，ポーランド人の両親の下に カナダで生まれ，９歳でオーケストラ・デビューし，１３〜４歳のときに録音 したショパンの２曲のピアノ協奏曲のＣＤがポーランド国立ショパン協会から 発売されるなど，破格の才能を発揮していたところです。 ドイツ・グラモフォンがさっそくリシエツキに注目して専属契約を締結して おり，昨年発売された，モーツァルトのピアノ協奏曲第２０，２１番に続く第 ２弾として，今回のショパンの練習曲が発売になったものです。今年１月の録 音なので，リシエツキの１７歳での演奏ということになります。 さっそく聴いてみると，テクニック的な不安や，無理なところを感じさせず に，大変スムーズに弾き進められており，クリヤーで大変美しく，ダイナミッ クな表現にも不足はない演奏であることに驚いてしまいました。難曲と言われ るこれらの作品を十分に消化し，実際の演奏として再現し得ていることは驚異 的ですらあります。 その一方で，クリヤーで美しくて技術的にも不足はない，という以上のもの がこの演奏にあるのかというと，さすがにそこまではまだ無理ということなの か，楽譜の表面を器用になぞっているだけといった印象に止まっていることは 否めません。 それと，聴いていて１つ気になるのは，とても健康的乃至はあっけらかんと した演奏であるということで，これは何も不健康な演奏をすべきというのでは なく，作品への共感やパッション，聴き手に伝わる歌心といった，演奏家とし て表現し伝えようとする内容，メッセージに乏しいのではないかということで す。 もちろん，このままだとしても１つの演奏の行き方であり，感情的な表現に 頼らない演奏を信条とするタイプのピアニストは少なからず存在しますが，お そらくリシエツキ自身はそのようなタイプのピアニストになろうと思っている わけではないでしょうから，この点については本人の成熟を楽しみに待つこと にしたいと思います。 ちなみに，デビュー録音の次にショパンの練習曲を録音した，ドイツ・グラ モフォンのピアニストにはポリーニがいるのですが，今回のリシエツキが同様 のパターンとなっていることから，ポリーニ級の逸材であることを敢えて演出 しようとしているのかな，とも思ったのでしたが，実際の演奏は，希に見る逸 材とはいえ年齢相応であり，そこまでの深読みをする必要はなさそうです。 録音の音質は，現在の録音水準として特に不満を感じるところはありません し，ピアノ響きもタッチも明瞭に再現されているので，ＣＤの音質としては大 変良好なものと言えるのではないかと思われます。しかしながら，ＳＡＣＤで あったなら，つや消しの硬いピアノの響きや，カツンとした音のエッジが明瞭 に再現できたであろうことを思うと，聴きながら物足りない思いがしてしまう ことも否めませんでした。 いろいろ述べてしまいましたが，これは１７歳のリシエツキによる，大変美 しく魅力的な演奏を楽しむことができるとともに，将来の可能性も感じさせて くれる１枚として，一聴をお薦めしたいと思います。
2013.5.26
