ジャニーヌ・ヤンセンのフランス近現代の作品集「美しい夕暮れ」
◎ドビュッシー ヴァイオリン・ソナタ 美しい夕暮れ（ハイフェッツ編） 月の光（レーロンス編） リシャール・デュビュニョン 恍惚のひととき リリー・ブーランジェ 夜想曲 リシャール・デュビュニョン 眠りの神ヒュプノス（ミス・ヤンセンに捧ぐ） メシアン 主題と変奏 フォーレ 夢のあとで ラヴェル ヴァイオリン・ソナタ リシャール・デュビュニョン モンフォール・ラモリに戻って ジャニーヌ･ヤンセン（ヴァイオリン）， イタマール･ゴラン（ピアノ） <2010.5.14-17> 英DECCA 4782256 ジャニーヌ・ヤンセンは，世界の若手ヴァイオリニストの中にあっても，トッ プクラスの実力を有しているのではないかと思っているところですが，新譜と して，近現代のフランスの作曲家の作品を収録した１枚が発売になりました。 収録されているのは，フォーレ，ドビュッシー，ラヴェルといった，ポピュ ラーな作品に加え，リリー・ブーランジェやメシアンの作品，さらにはフラン スの現役作曲家のリシャール・デュビュニョンの作品が３曲収録されています。 ヤンセンは大変にしっかりとした，存在感のある演奏を行っていると思って いるのですが，今回はこれまでとはやや趣向の異なる，フランス近現代の作品 をとりあげてどんな演奏を聴かせてくれるのか注目です。 それでさっそく聴いてみたのですが，収録されているどの作品においても， ヤンセンのヴァイオリニストとしての技量の高さ，演奏表現における器の大き さが遺憾なく発揮されており，それぞれの曲趣に応じた精妙なコントロールを 余裕を持って行っており，その的確で高度な演奏を安心して楽しむことのでき るものです。 しかしながら，自身の持ち味と技量を生かした見事な演奏を堪能できる一方 で，作品に対する心からの理解や共感，あるいは作品世界の精妙なイマジネー ションの表出といった面は希薄で，高度な演奏技術によって演奏の形のみが整 えられた演奏のように感じられます。 これは要するに，作品のキャラクターと，ヤンセン自身のキャラクターやメ ンタリティが異なっていることに起因していることであり，このことは何ら責 められるべきことではないのですが，それではどうするのかというところで， ヤンセンは演奏することを避けるのではなく，自身の最善を尽くして演奏を行 う道を選んだということなのだろうと思います。 そしてここに聴かれる演奏は全く見事なものとなりました。繰り返しになり ますが高度な技量による精妙な演奏を，安定感と余裕を持ってつくり出してお り，その表現の的確さや真摯な演奏姿勢には聴いていて心打たれる思いがしま す。 なので，この演奏については，文句なしの演奏として大絶賛されたとしても， 何らおかしくはないだけの名演といいいるものだと思います。あとは私のよう に，それぞれの作品独自の雰囲気，イメージ，ニュアンスといったものを聴き たいなどというないものねだりをするかどうかで，評価が変わってくるのだろ うと思います。 録音については，ヤンセンの精妙な演奏を克明に捉えた優秀録音だと思いま すが，ヴァイオリンの音色にしっとりとした艶やかさが聴かれず，これについ ては，音量を控えめにして演奏していることが多いためにこのような音色の演 奏になったのではないかと思われます。しかしながら当盤は通常のＣＤである ために音が細くて薄いので，音色に関してはＳＡＣＤで聴かないと確たる印象 が持てないなと感じました。 ちょっと偉そうなことを述べてしまいましたが，これはヤンセンの優れた技 量と表現力を堪能できる秀逸な１枚として強力に推薦しうるものだと思います。 聴く方によっては，私のように自身が有している作品のイメージにそぐわない などと感じられるかもしれませんが，作品は全ての人に開かれているのであり， あまり自分自身の印象に強くこだわらずに，開かれた気持で聴いてみるべきで はないかとも思い，この感想を書くこととしたものです。
2010.11.21
