ユリア・フィッシャーのパガニーニのカプリース
◎パガニーニ ２４のカプリース 作品１ ユリア・フィッシャー（ヴァイオリン） <2008.9.1-5, 2009.9.8-9> 英DECCA 478 2274 ドイツの若手女流ヴァイオリニスト，ユリア・フィッシャーは，当初は蘭ペ ンタートーンから録音をリリースしていたのですが，その後，英デッカからも 録音をリリースしているところで，その新譜として，パガニーニのカプリース 全２４曲を演奏した新譜が発売になりました。 この作品は，ヴァイオリニストのテクニックとエンターテイナーな表現力が 如実に表れる作品でもあり，近年目覚ましい活躍を続けているユリア・フィッ シャーがどんな演奏を聴かせてくれるのか大変楽しみです。 それでさっそく聴いてみると，この作品を問題なく弾きこなすだけのテクニッ クは有しているので，何ら不安を感じることなく聴き進むことができるのです が，その演奏表現の在り方は，この作品の他の多くの録音で聴かれるものとは かなり異なっているように思われます。 この演奏を聴き始めて，真っ先に気付かされるのは，ソノリティの秀麗な美 しさと，余裕を持って弾きこなされているフレーズの自在さで，作品を克明か つ艶やかな美しさとともに，スムーズで心地良いメロディラインを描き出して おり，その強くて美しい演奏にすっかり惹き込まれ，至福の思いで聴き入って しまいました。 この作品の録音は数多くあって，切れ味鋭いテクニックや，魔性を感じさせ ような表現や，聴き手を一気に惹き込むエンターテイナーな表出力などの独自 の持ち味を発揮している演奏は少なくないのですが，ユリア・フィッシャーの 演奏はこれらとは一線を画しており，この作品独自の妖しい世界に聴き手を誘 うのではなく，持ち前の美しい音色とスマートなフレージングを活かした，強 く美しい演奏を実現しているのです。 こういった演奏が可能になるのは，自身の演奏の世界，表現の世界が，作品 の世界を呑み込んでしまっているからで，作品を克明に再現することに汲々と するレベルを疾うに越えていて，この難曲を演奏するに当たって，自身の演奏 のコンセプトや持ち味をこれほどまでに明快かつ魅力的に表出しきれているこ とには，ただただ感嘆するほかありません。 録音については，この演奏の秀麗な音色と表現の世界を十全に捉えた，文句 なしの優秀録音であり，その音質を堪能することができたのですが，それでも 響きの薄さや実在感の乏しさを感じてしまったのも事実で，これはＣＤの音質 の限界でもあり，ぜひともＳＡＣＤで聴いてみたかったと思っています。 そんなわけでこれは，ユリア・フィッシャーの確かな演奏技術と，美しい音 色と表現力によって描き出された，この作品の演奏としてはかつてないほどの 美麗な演奏を堪能できる，魅力的な１枚として強力に推薦したいと思います。
2010.9.5
