広瀬悦子のショパンのバラードと夜想曲と幻想曲
◎ショパン バラード第１番 夜想曲第４番 作品１５の１ バラード第２番 夜想曲第５番 作品１５の２ バラード第３番 夜想曲第２番 作品９の２ バラード第４番 夜想曲第１３番 作品４８の１ 幻想曲 広瀬悦子（ピアノ） <2009.11> MIRARE MIR 110 名古屋出身の女流ピアニスト，広瀬悦子はパリのエコール・ノルマルとパリ 音楽院に学び，１９９９年のマルタ・アルゲリッチ国際コンクールで優勝して 注目を集め，これまでＤＥＮＯＮから４点のＣＤやＳＡＣＤがリリースされて いたところですが，近年は再びパリを活動の拠点とするようになり，その影響 でもあるのか，仏MIRAREからショパンの作品を演奏した新譜ＣＤが発売になり ました。 曲目の並びにも特色があり，バラードと夜想曲を交互に収録しており，最後 に幻想曲が収録されています。 録音が行われたのは，このレーベルおなじみの場所と言える，フランスのリ ムザン地方にある La Ferme de Villefavard です。このレーベル独自の美的 感覚とコンセプトは，広瀬悦子の演奏の持ち味にフィットしているような気も しますので，実際にどんな演奏が聴けるのか大変楽しみです。 さっそく聴いてみると，エッジの取れた，まろやかでなじみの良い響きとと もに，優しく詩情豊かで夢見るような趣の演奏を行っており，バラードの演奏 はアグレッシヴにならずに洗練された穏やかな表現によって作品を描き出して いますし，夜想曲においてはスムーズに弾き進めながら，作品の円満な世界を 表出しており，最後に収録されている幻想曲も，ゆったりとした，穏やかで落 ち着いた演奏を聴かせていました。 こうして聴いてみると，いずれの作品においても，現在の広瀬悦子の演奏の 特色が如実に表れていると言うべきか，穏当なヴェールに包まれているような， 優しく耳当たりが良くて，癒されるような演奏を聴かせており，これは作品本 来の表現と言うよりは，，自身の流儀でそれぞれの作品を描き出した演奏では ないかと思われます。これは安川加壽子の演奏のようだと言うと，もう少し具 体的なイメージを抱いていただけるでしょうか。 その意味では，これは非常に個性的で特色のある演奏であり，独自の魅力を 有してはいるとは思うのですが，収録されているいずれの作品に対しても，画 一的な演奏表現を聴かせている面があることも否めず，この画一的な演奏表現 をどのように受け取るかで，評価は異なってくるのではないかと思われます。 それでは私自身はどのように受け取っているのかというと，聴いていて心地 良い演奏の世界には惹かれるものを感じますし，心安らかに聴き入り，楽しむ ことができる反面，個々の作品の特徴や表現の世界が等閑視されているように 思えてしまったのも事実です。 音質については，このレーベルの録音ならではの，明晰で洗練された音の質 感とは若干趣の異なる，微温的で軽やかな響きで演奏全体が捉えられており， これが録音サイドの音づくりの所以なのか，あるいは演奏自体がそうであった のかについては判然としませんが，この録音をＳＡＣＤで聴くことができたな ら，もっとはっきりしたことを述べることができたかもしれません。 そんなわけで，これはショパンの作品を，独自の魅力的な演奏表現によって 再現された演奏を存分に堪能できる１枚として，一聴をお薦めしたいと思いま す。
2010.5.6
