神尾真由子のデビューＣＤ「ＰＲＩＭＯ」
◎ワックスマン カルメン幻想曲 チャイコフスキー ワルツ・スケルツォ シマノフスキ 神話 チャイコフスキー 瞑想曲 作品４２の１ ショーソン 詩曲 ストラヴィンスキー イタリア組曲 神尾真由子（ヴァイオリン），ヴァディム・グラドコフ（ピアノ） <2008.3.16〜19> RCA BVCC 38492〜3 (CD & DVD) RCA BVCC 34165（CD） これは，昨年の第１３回チャイコフスキー国際コンクールで優勝した神尾真 由子のデビューＣＤで，日本先行発売です。初回限定盤としてＤＶＤ付きの盤 も発売されました。アルバムタイトルはデビューＣＤだからか「プリモ」と題 されています。 神尾真由子はコンクールの入賞歴だけでなく，すでに１０歳のときにデュト ワ指揮のＮ響と共演しており，内外のオーケストラとの共演やリサイタルを重 ねてきたところで，チャイコフスキー・コンクールにおいても本命視された中 での優勝でした。現在はチューリヒに在住し，名教師サハール・ブロンに師事 しているとのことです。 今年になってSONY BMGと専属契約を締結し，さっそく３月にチューリヒで初 のレコーディングセッションが行われました。今回のＣＤの収録曲は神尾真由 子自身の選曲ということです。 さっそく聴いてみると，最初の「カルメン幻想曲」からすでに，テクニック 面での不安がないとか，楽器を存分に鳴り響かせいているとかいったレベルを とうに超えており，ゆるぎない存在感と押し出しのある実に堂々とした演奏で あることにすっかり驚いてしまいましたし，まさにカルメンを思わせる奔放で エネルギッシュな演奏にのっけから圧倒されてしまいました。 次の「ワルツ・スケルツォ」は，ナイーヴさやムーディな雰囲気といった演 奏とは異なった，やや野太い音色で，逞しく朗々と弾ききっていて，これはちょ っと力任せに過ぎるのではないかと思えるくらいの，力強く鮮やかな演奏を聴 かせてくれています。 シマノフスキの「神話」の最初の「アレトゥーザの泉」では，弱音でも存在 感のある明瞭な響きを聴かせると同時に，よくコントロールされた，ふるえる ようなメロディラインは特に印象的で，「ナルシス」は作品のスローで起伏の 大きい表現を確固たる存在感と共に描き出し，「ドリアードとパン」は独自の 和音を朗々と鳴り響かせており，全く破綻のない演奏とはいえ，作品よりも神 尾真由子の演奏を聴かされたなといった印象でした。 次の「瞑想曲」でも，情感に寄りかかることのない，スケール感と力感のあ る，キリリとした演奏によって，克明に，そして色濃く作品を描き出していま す。 ショーソンの「詩曲」では，イントロのグラドコフのピアノが大変に巧みな のに惹き付けられますが，ヴァイオリン・ソロの方は，精力的で存在感のある 色濃い情感がはち切れんばかりで，陰影には乏しい面はあるものの，卓越した テクニックでひたむきに演奏に打ち込んでいる姿に打たれる思いがします。 最後の「イタリア組曲」は，バレエ「プルチネルラ」をストラヴィンスキー とドゥシュキンが編曲したものですが，作品のカラッとしたテイストが神尾真 由子の明快な演奏スタイルとマッチしていますし，なんだか感情面でもしっく り演奏できているような印象すらありました。 こうして聴いてみると，このＣＤでの神尾真由子の演奏は，新人のデビュー 録音といった初々しさは全くなく，ヴァイオリニストとしての１０年選手のキャ リアのなせる技なのか，あるいは自身のパーソナリティでもあるのか，エネル ギッシュで明快で，屈託のない健全さに満ち溢れたもので，その堂々とした演 奏は日本人演奏家としては珍しいといえるのではないでしょうか。 これだけ明快に堂々と演奏されてしまうと，聴く側にも演奏に対する対抗意 識がないと，すっかり説得させられ，あるいは降参させられてしまいかねず， この辺りはちょっと強引というか，あまりに一本調子ではないかと思ってしまっ たのも事実です。 弾いているヴァイオリンは，サントリーより貸与されている１７２７年製の ストラディヴァリで，かつてヨアヒムが弾いていた楽器とのことですが，音の 主張の度合いは楽器の個性以上に神尾真由子のキャラクターが勝っていて，音 だけ聴いたらストラディヴァリとは思えないほど，音色にまで自我が強烈に表 れているように思われます。 とはいえ，この点については通常のＣＤで聴いているため，音色のリアルな 再現ができていないことから，実際に聴くと多少印象が変わるかもしれません。 録音自体はリアリズムに徹した優秀録音だと思うですが，ＳＡＣＤでの発売で ないのは残念です。 そんなわけで，これはようやく実現した神尾真由子の録音が聴けるという実 に有難いＣＤであり，その明快なキャラクターをもった演奏は，聴く人によっ て痛快に感じられる方も，辟易とされる方もおられるだろうと思われますが， この堂々とした演奏は一聴の価値があると思います。
2008.6.4
