テンシュテット指揮，ロンドンフィルのブルックナー８番ライヴ
◎ブルックナー 交響曲第８番（ノヴァーク版） <1981.10.29> テンシュテット指揮，ロンドンフィル 英London Philharmonic Orchestra LPO-0032 これはロンドンフィルの自主制作レーベルでの最新盤です。ロイヤル・フェ スティバル・ホールでの演奏会のライヴ録音で，BBC Radio 3 によるアナログ 録音の音源からのＣＤ化です。 ブルックナーはテンシュテットの指揮のレパートリーの１つですし，中でも 第８番はおそらく第４番の次に演奏回数が多かったと思われ，すでに以下の６ 種類の録音がリリースされています。 １．１９７４年１２月２０日 ボストン響（ライヴ） ２．１９７９年 ９月２４日 北ドイツ放送響（ライヴ） ３．１９８１年１１月２１日 ベルリンフィル（ライヴ） ４．１９８１年１２月 ３日 シカゴ響（ライヴ） ５．１９８２年 ９月２４〜２６日 ロンドンフィル（スタジオ録音） ６．１９８９年 １月 ５日 フィラデルフィア管（ライヴ） 今回の録音は１９８１年１０月２９日のライヴ録音で，この作品を数多く指 揮していた時期の演奏であり，さらに手兵のロンドンフィルとの同曲の初のラ イヴ録音ということでも注目です。 さっそく聴いてみると，第１楽章では悠然と流れいくというのとは大きく異 なった，研ぎ澄まされた感覚と緊張感が漲っており，オケも励起状態にあると でもいえばいいのか，テンシュテットの指揮に対してやや過剰ではないかと思 えるほどに鋭敏かつ鋭角的に反応しており，引き締まった劇的な表現というだ けにとどまらない，殺気立ったような恐怖感を感じさせるほどの驚くべき演奏 を行っています。 第２楽章は，スケルツォでの鋭い切れ味のアンサンブルによって繰り返され る主題は，聴き手の意識を切り刻み，突き刺すような残酷さすら感じさせるも ので，トリオでは落ち着いたテンポで整然と弾き進めていく中にも，一触即発 の鋭敏でぎらついた感覚が漲っており，終始不穏な思いから逃れることのでき ない演奏でした。 第３楽章も，引き締まった反応の良い演奏で始まり，瞑想的というよりは， 抑制された悲痛さが醸し出されているといった趣で，何か恐ろしいことが起き る前兆のような緊迫感とともに進んでいき，途中で緊張感がやや緩みがちにな ることはあるのですが，やがて壮麗なクライシスを築き上げて，最後は荒涼感 の中を漂うようにして楽章を終えています。 第４楽章は，出陣の槍が攻め入るようなアグレッシヴな旋律の刻みで開始さ れるものの，その後はややキビキビとしたテンポで明朗な演奏を聴かせていて 意外な感があるのですが，徐々にテンションと内圧が上昇して，オケの咆吼が 噴出する圧倒的なエネルギー感とともに全曲を締め括っており，演奏が終わる やいなやブラボーの嵐となっていました。 それにしても，この演奏でテンシュテットとロンドンフィルがつくりあげた 仮借ない表現の世界は，まさに聴き手に情け容赦なく襲いかかり責め立てるか のようであり，この作品でこんな恐ろしい表現の演奏というのは，テンシュテッ ト自身の他の演奏も含てかつて聴いたことがありません。 これは，テンシュテットの表現意欲に，ロンドンフィルに内在するアングロ サクソン的な非情な攻撃性が加味された世界とでもいえばいいのか，このコン ビによってのみ可能な戦慄の演奏というほかありませんし，演奏終了後のロン ドンの聴衆の熱狂的な反応は，この演奏に対する特別な共感の表れなのかもし れません。 と同時に，この演奏の翌年にテンシュテットとロンドンフィルがＥＭＩに録 音した同曲の演奏は，作品の十全な再現を行っているとはいえ，今回のライヴ 録音とは全く比較にならない平凡なもので，どうしてこんなに違うのだろうと 首をかしげるばかりです。 音質については，アナログ録音のヒスノイズが聴こえますが，そんなに気に なるレベルではありませんし，音の安定度はいまひとつだとしても，この演奏 のただならぬ雰囲気を伝える優秀録音ではないかと思います。ただし，これは 再生装置を選びそうで，あえて刺激的な音を再生しないマイルドな音質の装置 で聴くと，この演奏の恐怖にも似た皮膚感覚の世界が再現されず，平凡でせせ こましい演奏にしか聴こえないかもしれません。 そんなわけで，これはすでに何種類もの録音が存在するテンシュテットのブ ルックナー８番の中にあっても，圧倒的なインパクトをもった恐るべき名演で あり，あまりに凄すぎるゆえとても万人にお勧めし得るものではなく，敢えて そのような演奏を聴いてみたいという方にのみお薦めしうるディープな１枚で はないかと思います。
2008.5.3
