ヒラリー・ハーンのシェーンベルクとシベリウスのヴァイオリン協奏曲
◎シェーンベルク ヴァイオリン協奏曲 <2007.9> シベリウス ヴァイオリン協奏曲 <2007.3> ヒラリー・ハーン（ヴァイオリン）， サロネン指揮，スウェーデン放送響 独GRAMMOPHON 477 7346 若手ヴァイオリニストの中でも私がその演奏を最も評価している１人である ヒラリー・ハーンの新譜です。今回は技術面でも解釈面でも難曲で録音される ことも希なシェーンベルクのヴァイオリン協奏曲と，２０世紀のヴァイオリン 協奏曲の中でも人気の高いシベリウスのヴァイオリン協奏曲という充実した収 録内容です。 さっそく聴いてみると，最初のシェーンベルクの協奏曲は１２音技法で作曲 された作品ですが，ハーンのヴァイオリン・ソロは１２音音列によって組織立 てられている旋律を無味乾燥にならずに，表現力のある音のドラマとして雄弁 に描き出しているのは見事というほかありません。 サロネン指揮のスウェーデン放送響も，肩肘張らずに余裕を持って的確で反 応の良い表現を描き出している感があり，これは自身が作曲家でもあるサロネ ンの作品の把握力と，スウェーデン放送響の高い表現力の賜物ではないかと思 います。 とにかくこの演奏を聴いていると，晦渋さを全く感じないばかりか，表現主 義的な表出力とともに，表現の真実性や音としての味わいをを十二分に感じ取 ることができ，私自身，この演奏を聴いたことで作品に対する理解度や親近感 が一挙に増した思いがしますし，この作品がこんなに魅力的に再現されたこと がかつてあっただろうかと思えるほどの刮目すべき演奏です。 続いて収録されているシベリウスの協奏曲になると，濃密な表情で旋律を鮮 やかに描き出しており，ハーンがこんなにのめり込んだ演奏をすることがある のかと驚いてしまいましたし，何よりも周到に検討され尽くした表現を雄弁に 表現しており，改めてハーンの演奏の力量と表現力には感嘆するほかありませ ん。 このシベリウスの演奏でのハーンは，もちろんプロの演奏家としての真摯な 演奏姿勢であることは疑いないとしても，聴き手との共感といった面は希薄に 思えるのも事実で，この辺りは，この見事な演奏に対する評価の分かれ目にな るかもしれません。 また，このシベリウスでのサロネン指揮のスウェーデン放送響の演奏は，慣 習にとらわれずに，大胆でダイナミックな表現を存分に描き出しており，この 作品の清新で聴き応えのある表現を聴かせているのではないかと思います。 音質については，最新の録音の明瞭さもダイナミックもあって，存分に演奏 を堪能できるものではあるのですが，最近のドイツ・グラモフォンの録音にあ りがちな，やや無機的な光沢のある音質になっているのも事実で，もっと落ち 着いた味わいのある音質で聴けたなら，さらなる表現力のある演奏として聴け たのではないかと思えるのが残念です。 いろいろ述べてしまいましたが，これはハーンの演奏家としての桁外れの力 量が遺憾なく発揮された演奏を聴くことのできる１枚であり，特にシェーンベ ルクの協奏曲はこの作品の演奏史上，最も優れた演奏といっても過言ではない ほどの目覚ましい演奏を聴くことができました。 シベリウスの協奏曲も，周到で表現力のある表現で十二分な聴き応えのある 演奏を聴かせており，主情的な共感に満ちた表現は稀薄であるのは事実として も，起伏のある印象的な表現を朗々と描き出しており，この作品の再現として 類い希な表現力を演奏たり得ているのではないかと思います。 そんなわけで，これはシェーンベルクの協奏曲の桁外れの名演と，シベリウ スの協奏曲の雄弁な演奏を聴くことのできる充実の１枚であり，強力に推薦し たいと思います。
2008.3.2
