クリスティアン・テツラフのバッハ無伴奏の再録音
◎バッハ 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ（全曲） クリスティアン・テツラフ（ヴァイオリン） <2005.3&6> 独HÄNSSLER CD 98.250 (2CD) 現代ドイツを代表するヴァイオリニストの１人である，クリスティアン・テ ツラフ（Christian Tetzlaff, 1966-）が４０歳を前にして行った，自身２度 目のバッハの無伴奏全曲録音がリリースされるというので，発売を待ちかねて 入手しました。 さっそく聴いてみると，大変真摯な姿勢で正面から堂々と作品にアプローチ しており，曖昧さのない画然とした筆致で作品を克明かつ力強く描き出した， ゆるぎのない説得力のある演奏を聴かせています。 この演奏でのテツラフは，フレーズの伸び縮みや強弱を適度に変化させつつ も，造形感が損なわれることはありませんし，それでいて硬さや力みもなく， 作品を充分に検討し演奏を重ねていく中で築き上げられたと思われる，自身の 理解や共感といったものが確かな手応えと共に聴き手に伝わってくるように思 います。 音色も柔らかさや軽やかな演奏とは一線を画しており，克明で存在感があっ て，さらにはほどよい緊張感と張りがあって，聴いていて背筋が伸びる思いが しますし，演奏への高い集中が音色にも表れているかのようです。 これは一聴すると非常にオーソドックスですし，際立った特徴の乏しい演奏 だと感じたとしてもあながち的外れではないと思いますが，奇を衒わずに正攻 法で作品に向かいつつ，表現の格調高さと，作品に対する敬虔な思いと共感と， 違和感のない自然な流れとが見事に調和した類い希な境地にある演奏ではない かと思えてなりません。 録音はノルウェー，オストレ・トーテンのホフ・チャーチで行われています が，決して残響過多にはなっておらず，ヴァイオリンの音色が克明に捉えられ ていますし，引き締まった存在感のある音調が演奏にマッチしているのではな いかと思います。 私自身，この演奏のあまりに素晴らしさに我を忘れて聴き入ってしまいまし たが，バッハの無伴奏の，いかにもドイツのヴァイオリニストと思わせるカッ チリした演奏で，これほど説得力のある画然とした演奏というのはアドルフ・ ブッシュ以来ではないでしょうか。 そんなわけで，これはテツラフの演奏家としての類い希な資質と，誠実な人 間性と，倦むことなく精進を重ねてきたことによって手にすることのできた素 晴らしい収穫ではないかと思いますし，今後もテツラフの演奏は進化を続けて いくに違いないとしても，これは名盤のあまたあるこの作品の録音の中でも掛 け値なしに有数といいうる感動的な名演として強力に推薦したいと思います。
2007.5.7
