アニア・タウアーのドヴォルザークのチェロ協奏曲ほか
◎ドヴォルザーク チェロ協奏曲 <1968.3.28-9> アニア・タウアー（チェロ）， ズデニェク・マーツァル指揮，チェコフィル レーガー 無伴奏チェロ組曲第３番 <1964.7.11> アニア・タウアー（チェロ） ジャン・フランセ チェロとピアノのための幻想曲 <1964.7.11> アニア・タウアー（チェロ），ジャン・フランセ（ピアノ） タワーレコード PROA-62 国内最大のＣＤショップである，タワーレコード渋谷店の開店１０周年を記 念して，ユニヴァーサル・ミュージックの音源を独自にリリースする，タワー レコード・ヴィンテージコレクションの第３弾でリリースされた１枚です。価 格もこれまでどおり税込み１０００円とお買い得です。 アニア・タウアー（Anja Thauer, 1945?-?）については，音楽之友社の「名 演奏家事典」にも，１万人の演奏家が掲載されている財団法人音楽鑑賞教育振 興会の「演奏家大辞典」にも掲載されておらず，以下は平林直哉氏によるこの ＣＤの解説書と，ネット上で得られた僅かな情報によるものです。 タウアーの生年は１９４５年らしく，１２歳でヴァイオリニストの母との デュオでデビューし，ニュルンベルク音楽院でマイナルディとナヴァラに学び， １９６１年にドイツ文化賞，１９６２年にパリのコンクール（詳細不明）でグ ランプリ，１９６４年にニュルンベルク市の文化賞を受賞し，国内外で活躍し ていたのですが，いつしか消息を絶ってしまいました。 ３０歳前後のときに既婚の医師と深い仲となり，その医師が自殺したという ことが伝えられており，その後，タウアーは後追い自殺したらしいという情報 もあるのですが，平林氏の解説書においても，一説によると２８歳の時に後追 い自殺したとのことだがはっきりしないと書かれています。 タウアーはドイツ・グラモフォンに，このＣＤに収録されているＬＰ２枚の 録音を残しているのですが，国内盤で発売されたことはなく，今回は国内初発 売になりますし，世界初ＣＤ化となります。ちなみに，このＣＤジャケットの 画像はレーガーとフランセの作品を収録したＬＰ（SLPM 138 990）のものです。 前置きが長くなってしまいましたが，早速聴いてみると，最初のドヴォルザ ークのチェロ協奏曲では，テクニックには些かの不安もなく，若々しい張りに 加えて安定感のある音色にも惹き付けられますが，何よりも印象深いのは１つ １つのフレーズに対して並々ならぬ思い入れやパッションが込められているこ とで，感動的というのを通り越して，聴いていて胸が痛くなる思いがするほど です。 マーツァル指揮のチェコフィルは，特徴の際だつものではありませんが，鮮 明でかっちりした演奏を聴かせており，タウアーのソロとオケとの呼吸という か，掛け合いが絶妙で，共に共感し合いながらこの演奏を作り上げているといっ た印象が強く，その情感豊かな表現に心打たれます。 続いて収録されているレーガーの無伴奏ソナタは，おそらく二十歳前の演奏 ということになりますが，テクニックは安定しており，崩れのない見事な造形 を聴かせているのですが，同時にやや細身の音色でストイックに作品にアプロ ーチしていて聴き手にも緊張を強いるといった面もあり，端座して傾聴するに 足る端倪すべからざる演奏ではないかと思います。 作曲者自身のピアノ伴奏によるフランセの幻想曲は，軽やかな演奏というわ けにはいかないのですが，フランセの軽快なピアノ伴奏に乗せて，明るく伸び やかで表情豊かに演奏しており，音色にも瑞々しさに加えて陰影のある味わい があって，練達度の高い魅力的な演奏を聴かせていると思います。 こうして聴いてみるとタウアーの演奏には，十全なテクニックに加え，自ら の表現やパッションをストレートに表現しうる演奏家としての力量があって， 完成度も説得力も備わった演奏を聴かせていることだけでも驚異的ですが，タ ウアーの演奏を聴いていて特に印象的なのは，これだけの力量のある演奏であ る一方で，感情的な不安定さや危うさと紙一重なところで演奏しているといっ た，ある種のスリリングさがあることで，それゆえ聴き手の胸にいっそう食い 入る演奏たらしめているのではないかと思います。 そんなわけで，これは知られざる名チェリストによる，いずれも傾聴すべき 演奏が収録されており，例えば同い年（？）のジャクリーヌ・デュ・プレの恬 淡な演奏とも異なったパッショネートな演奏は，聴き手に圧倒的な印象をもた らさずにはおかないと思いますし，とにかく知らずに済ますにはあまりに惜し い名演奏家の名録音として強力に推薦したいと思います。
2006.12.10
