田部京子の「ペール・ギュント」，「ホルベアの時代から」ほか
◎グリーグ 劇音楽「ペール・ギュント」第１組曲（ピアノ編曲版） 組曲「ホルベアの時代から」（ホルベルク組曲） 抒情小曲集第５集〜第４曲「ノクターン」 第２集〜第１曲「子守歌」 第７集〜第４曲「小川」 第３集〜第６曲「春に寄す」 第５集〜第３曲「小人の行進」 第６集〜第１曲「過ぎ去った日々」 第９集〜第３曲「あなたのおそばに」 第８集〜第６曲「トロルハウゲンの婚礼の日」 自作の歌曲によるピアノ曲 作品４１〜第３曲「君を愛す」 田部京子（ピアノ） <2006.8.26〜29> DENON COGQ-20 (SACD Hybrid) 国内のレーベルとしてはＤＥＮＯＮに録音を行ってきている田部京子の新譜 で，ＳＡＣＤハイブリッド盤での発売です。 田部京子はリリカルな作品を得意としており，グリーグの作品も英シャンド ス・レーベルに初期のピアノ作品を録音していましたが，今回はポピュラーな 作品が取り上げられており，通常は管弦楽曲で聴かれている「ペール・ギュン ト」がグリーグ自身によるピアノ編曲版で，同様に弦楽合奏で聴かれることの 多い「ホルベアの時代から」も原曲のピアノ版で演奏されています。 それでさっそく聴いてみると，最初の「ペール・ギュント」では，硬質でかっ ちりとしたクリヤーな響きに惹き付けられますし，ムードに任せたような演奏 では全くなく沈着な演奏を行っており，作品のドラマチックな世界を毅然とし た美しさを持って描き出していると同時に，全てを包み込む包容力があって傾 聴させられました。 次の「ホルベアの時代から」になると，多少リラックスした印象の軽快な演 奏を聴かせており，くっきりとした響きの中にも艶やかな味わいが感じられ， 「ペール・ギュント」のときのようなドラマをつくり出すというのとは異なっ た，自らの共感とともに演奏しているといった印象であり，心に染み入る思い で聴き入ってしまいました。 続いて抒情小曲集から８曲が演奏されていますが，さらに細やかな配慮の行 き届いたデリケートなコントロールを聴かせるとともに，明快でキレの良いタッ チでそれぞれの作品の変化に富んだ世界を鮮やかに描き出した，まさに練達の 域にあるともいうべき見事な演奏を繰り広げており，感嘆しつつも心ゆくまで 堪能させられました。 最後に作品５の３の歌曲「君を愛す」のピアノ編曲版が演奏されていますが， 作品のせいか主観的な心情がストレートに表現されていて，新鮮な感激と抑え きれない心の高鳴りが伝わってきて，まさに打ち震える思いで聴き入ってしま いました。 こうして聴いてみると，これらグリーグの作品での田部京子の演奏は，テク ニックのキレも申し分ありませんし，叙情的な表現の世界を自然につくりあげ ているのはもちろんですが，それ以上に私がこの演奏を聴いていて心打たれる のは，それぞれの作品の曲趣に応じた巧みな演奏を行いつつも，そこには力強 い存在感とやさしい眼差しが感じられることで，さらなる進境の域にある演奏 といえるのではないでしょうか。 また，このＳＡＣＤハイブリッド盤の音質は大変優秀で，ＤＳＤ録音とのこ とですが，特にＳＡＣＤレイヤで聴くと，硬質で締まりのある「カツン」とし た音や，光沢のある響きが再現されていて，いっそう克明にこの演奏の姿を聴 くことができると思います。 そんなわけで，これは聴く前に想像していた以上に，作品に即した広汎な表 現の世界を鮮やかなテクニックで弾ききった，大変に聴き応えのある，そして 心に響く演奏を聴くことができましたし，音質も大変優秀であり，繰り返し聴 いて味わいの尽きることのない，名演・名録音としてぜひとも一聴をお薦めし たいと思います。
2006.11.25
