諏訪内晶子とデュトワの「詩曲」フランスのヴァイオリン名曲集
◎サン＝サーンス 序奏とロンド・カプリチオーソ ハバネラ ラロ ギター ショーソン 詩曲 クライスラー フランクールのスタイルによるシチリアーノとリゴドン クープランのスタイルによる才たけた貴婦人 ベルリオーズ 夢とカプリッチョ ラヴェル ツィガーヌ 諏訪内晶子（ヴァイオリン）， デュトワ管，フィルハーモニア管 <2004.2.2-4> PHILIPS UCCP-1086 現在はパリに在住して国際的に活躍している諏訪内晶子の新譜です。ワトフォ ードのザ・コロッセウムで今年の２月に録音されたばかりの最新録音で，国内 大幅先行発売とのことです。私は諏訪内の演奏は好きなので発売を待ちかねて 入手してきました。 さっそく聴いてみたところ，最初のサン＝サーンスから，伸びやかに朗々と 旋律を歌い上げつつ，フレーズの隅々にまで細やかな配慮が感じられますし， その一方でエモーショナルな表現にも巧みであり，もちろん集中度も高くて， 作品の魅力，演奏の魅力を心ゆくまで楽しめる名演ではないかと思いますが， 作品に彩りを添えるエスプリであるとか，個性的な表現が聴かれればなおよか ったと思います。 次のラロのギターも，演奏の安定度は高く，ラプソディックな旋律を巧みに， そして品よく弾きこなしており，安心して作品を楽しめる演奏を聴かせてくれ ているのですが，いまひとつ変化に乏しいと感じたのも事実で，胸に響く旋律 の刻みが聴けるとなおよかったと思います。 ショーソンの詩曲は，最初のヴァイオリン・ソロの出だしから，１音１音ま で考え抜いて細やかな変化をさせつつ演奏しており，表現の幅も広く，この作 品独自の熱っぽい詩情の表出にも長けていて，演奏面でも解釈の面でも申し分 ない演奏ではあるのですが，作品に命を吹き込む音色の力があればなおよかっ たと思います。 クライスラーの２曲では，作品のインティメートな表情と，諏訪内の演奏の 持ち味である斜に構えることのない率直な歌い口が見事な相性を示しており， さらりとした表情の中にも細やかな心配りが感じられ，聴いていて心和む思い がします。この演奏からは作品の背後にある翳りのようなものを聴くことはで きませんが，これはこれで素晴らしい演奏だと思いますし，このＣＤの録音の 中では個人的に最も満足できた演奏です。 ベルリオーズの夢とカプリッチョでは，この作品の一途なパッショネートさ と，ひたむきな演奏姿勢とが素晴らしい相乗効果をもたらしていて，清新な音 色で奏でられる瑞々しい歌い口も魅力的です。これに加えて，型にはまらない 自在さがあればなお魅力的だとは思いますが，決して演奏機会が多いとはいえ ないこの作品の素晴らしい名演だと思いますし，これも満足度の高い演奏でし た。 最後のツィガーヌでは，持ち前の幅広い表現力を駆使し，大変に雄弁でグル ーヴ感のある演奏を聴かせてくれていて，このＣＤの他の演奏以上に意気込み が伝わってくるのですが，多少力みがあるのか，リズムや旋律の流れが堅苦し く感じられてしまったのも事実です。 こうして聴いてみると，聴く前に期待していたとおりの演奏であり，ゆった りとした心地よい音色と，ほどよいスケール感を伴った正統的で品格のある音 楽づくりを存分に楽しむことができましたが，同時に減点要素のない模範的名 演であった点も聴く前に予想していたとおりでした。 こういった作品の指揮者にデュトワを起用したことはまさにうってつけで， 絶妙な呼吸でソロを引き立てていますし，それぞれの作品の個性を鮮やかに描 き出していて傾聴させられます。オケのフィルハーモニア管も素晴らしい反応 を示しています。これにニュアンスの妙のようなものが加われば最高なのです が，さすがにないものねだりでしょうか。 いろいろ述べてしまいましたが，このＣＤの演奏は，さらなる進境を期待で きる余地がまだあるとはいえ，それは登り坂にある演奏家としてはむしろ当然 のことであり，名曲名演を十二分に楽しめる文句なしの推薦盤として広く聴い ていただきたいと思います。
2004.5.23
