ヒラリー・ハーンのバッハの協奏曲集
Ｊ・Ｓ・バッハ ヴァイオリン協奏曲第２番 ＢＷＶ１０４２ ２つのヴァイオリンのための協奏曲 ＢＷＶ１０４３ ヴァイオリン協奏曲第１番 ＢＷＶ１０４２ ヴァイオリンとオーボエのための協奏曲 ＢＷＶ１０６０ ヒラリー・ハーン（ヴァイオリン）， マーガレット・バトヤー（第２ヴァイオリン）， アラン・フォーゲル（オーボエ）， ジェフリー・カハーン指揮，ロスアンジェルス室内管 独GRAMMOPHONE 474 199-2 私がその演奏を最も注目しているヴァイオリニストであるヒラリー・ハーン （Hilary Hahn, 1979-）の最新録音です。ハーンはこれまでソニークラシカル に録音を行ってきていたところですが，昨年ドイツ・グラモフォンに移籍して おり，これはその第一弾となるレコーディングです。 今回はハーンがデビューＣＤにおいて驚異的な完成度と成熟した表現を聴か せていたバッハの作品が演奏されているのも注目です。なお，第２ヴァイオリ ンを務めているマーガレット・バトヤーはロスアンジェルス室内管のコンサー マスター，オーボエ・ソロのアラン・フォーゲルは同管の首席オーボエ奏者で す。 それでさっそく聴いてみると，最初のヴァイオリン協奏曲第２番では，第１ 楽章冒頭のカハーン指揮のロスアンジェルス室内管が，ややシャープな響きと 速めのテンポで快調に運んでいくのを聴いたときには，正直なところ，こんな イージーな演奏でハーンのソロを支えることができるのかと不安な気がしてし まいました。 ところが実際に聴いてみると，そのハーンのソロは，落ち着きのある味わい 深い音色によって，正攻法の凛とした演奏を繰り広げているのですが，それで いてあまりシリアスな印象はなく，快調な伴奏に乗せてリズミカルで愉悦感の ある演奏を堪能させてくれていますし，緩徐楽章では落ち着きのある真正な表 現によって，この楽章から深い表情を描き聴かせていました。 次の２つのヴァイオリンのための協奏曲では，ハーンの汲めども尽きぬニュ アンスに彩られたソロに対して，バトヤーのソロも緊密な連携の下に感興に満 ちた演奏を聴かせてくれており，ほどよく刺激的で完成度の高い演奏といえる ものだと思います。 ただそれでも，２人のソロにおいては，響きの味わい深さやフレージングの 絶妙さといった点で大きな開きがあるのはやむを得ないところで，あえて２人 の違いを聴こうとするとそれが気になることがあるかもしれませんが，そうで はなくアンサンブルとして聴いていただければ，非常に高度な合わせ物を堪能 できるのではないかと思います。 次のヴァイオリン協奏曲第１番では，再びハーンの単独のソロとなるのです が，イタリアバロックの協奏曲の趣のあるこの作品を，やや隈取りの濃い響き と旋律線と，内に秘めたパッションを感じる集中度の高い演奏によって聴かせ つつも，さりげなく名妓性を披瀝しているようなある種の余裕もあって，堅苦 しくならずに楽しむことのできる演奏でした。 最後のヴァイオリンとオーボエのための協奏曲においても，ハーンのソロは ここでも大変に行き届いた表現を聴かせてくれているのに対し，相方のアラン・ フォーゲルのオーボエは，安定したテクニックで細部までコントロールの行き 届いた見事な演奏を行ってはいるのですが，いまひとつ表現の自在さが欲しい と思ってしまったのも事実で，２つのソロ楽器の絡み合いの妙が聴ければなお よかったのではないかと思いました。 私はこれまでハーンの録音を聴く度に，その演奏の完成度や，演奏家として の志の高さに驚嘆し続けているのですが，今回の録音においてはその比類なき 表現の高さや演奏としての完成度をさらに高めつつ，ただストイックに演奏を 追求していくのではなく，もっとオープンな感性で聴き手に向かって作品や演 奏の魅力や味わいを伝えてくれる，フレンドリーで聴き手に優しい演奏を行っ ており，これはハーンのさらなる成熟といえるのではないでしょうか。 また，ヴァイオリンやオーボエとの協奏曲では，ハーンはしっかりと自らの 表現をしつつも，それぞれのソリストの演奏と上手く折り合いを付けて緊密な アンサンブルを創り上げており，これは指揮者の力量もあるとしても，ハーン の演奏家としての懐深さの表れなのかもしれません。 そんなわけで，このＣＤでのハーンは自らの演奏の完成度だけでなく，共演 者や聴き手にも配慮していく機微をも兼ね備えた，演奏家として，人間として 一段と成熟した姿を感じ取ることのできる録音ではないかと思いますし，これ は気軽に楽しめて実は超名演という稀有な１枚であり，広く強力に推薦したい と思います。
2003.9.14
