クレンペラー指揮の「真夏の夜の夢」と時計交響曲ほかのライヴ
◎メンデルスゾーン 劇音楽「真夏の夜の夢」（１１曲）<1969.5.23> 序曲「フィンガルの洞窟」<1969.5.23> ハイドン 交響曲第１０１番「時計」<1956.10.19> クレンペラー指揮，バイエルン放送響＆合唱団， エディト・マティス（ソプラノ）， ブリギッテ・ファスベンダー（メゾ・ソプラノ） スロヴェニアGOLDEN MELODRAM GM 4.0069 (2CD) 初登場音源のようなものは少ないにせよ，貴重なライヴ録音を比較的良好な 音質でリリースし続けているクロアチアのゴールデン・メロドラムから，今度 はクレンペラー指揮バイエルン放送響のライヴ録音が発売になりました。 クレンペラー指揮バイエルン放送響の１９６０年代のライヴ録音はいくつか の非正規盤で発売された後，英ＥＭＩから正規盤が発売されており，マーラー の「復活」やベートーヴェンの「運命」，メンデルスゾーンの「スコットラン ド」などが発売されていましたが，今回のＣＤに収録されたライヴ録音は発売 されていませんでした。 これらのうち，メンデルスゾーンはイタリアのHUNT(ARKADIA)から，ハイドン はカナダのDISQUES REFRAINからＣＤが発売されていましたが，いずれも決して 良好な音質とはいえないものだったので，このリリースは朗報です。 それでさっそく収録順に聴いていくと，最初の真夏の夜の夢に関しては，ク レンペラーはＥＭＩに名盤として名高い録音を残していて，私の長年の愛聴盤 の１つでもあります。クレンペラーは全１４曲全てを演奏していなくて，この ライヴ録音では，メロドラマ作品６１の４，メロドラマ作品６１の６，メロド ラマ作品６１の８の３曲が演奏されていません。ちなみにＥＭＩ録音ではさら にメロドラマ作品６１の１２が演奏されておらず１０曲が収録されていました。 肝心の演奏の方ですが，この作品としてはテンポはかなりゆっくりしており， キレとは正反対の粘性のあるねっとりとしたフレージングの演奏で，音色もあ まり明るさを感じない，夜の静寂の中で聴いているような印象があり，そのあ まりに独特な演奏の世界には，聴き始めこそ面食らってしまいましたが，非常 にロマンティックな味わいがありますし，真面目な演奏なはずなのに，どこか 悪戯っぽい雰囲気もあって，思わず表情を弛めて楽しんでしまうような不思議 な魅力があるのです。 クレンペラーは晩年にはかなりテンポの遅い演奏を行うことが多くなってい て，得意とするこの作品においてもやはり遅めの演奏になってしまったか，と いう気もしたのですが，しかし終始遅いままの演奏ではなく，スケルツォや行 進曲などでは軽やかなところを聴かせていますし，夜想曲での深々とした味わ いや，結婚行進曲での堂々たる表現などいずれも見事であり，さらに２人の声 楽陣もメルヘンチックに歌い上げていてこの演奏に彩りを添えていました。 続いて収録されている「フィンガルの洞窟」での深々としたロマンティズム のうねるドラマチックでスケール感に満ちた表現は，まさに唖然とするばかり の素晴らしさで，これに匹敵する気宇広大な表現というのはフルトヴェングラ ーの演奏が思い浮かぶくらいなのですが，クレンペラーは聴き手をロマンティ ズムの世界に誘いながらも，自らは常に醒めた視線でオケをコントロールして おり，ロマンティストであると同時にリアリストであるクレンペラーの面目躍 如たる名演ではないかと思います。 以上２曲の音質は大変優れていて，鮮明さの優った音質ではないにしても， 演奏のドラマトゥルギーを十二分に表現し得ていますし，微妙な表情の変化も よく伝わりますし，確かにちょっと暗めの印象であるのは事実ですが，鑑賞す る上では非常に満足度の高い音質を楽しめると思います。 このＣＤでは最後に１９５６年のライヴ録音であるハイドンの「時計」が収 録されています。ことらは前２曲と異なりモノーラル録音ですし，さすがにレ ンジの狭さは隠せませんが，それでも演奏の姿をリアルに捉えた音質を聴くこ とができます。 演奏の方はというと，最近のハイドン演奏よりも大きめの編成のようで，シ ンフォニックな充実感が印象的なのですが，それに加えてクレンペラーのオー プンで積極的な音楽づくりが際立っており，アンサンブルを統率しつつも実に 晴朗なハイドンを聴かせてくれています。 この演奏を聴いていると，クレンペラー自身もオープンな感性で作品を十二 分に楽しんでいるように感じられるのですが，同時に，明朗な表現を基本とし つつも，どこか斜に構えた感じがするところなどは，クレンペラーのパーソナ リティが巧まず滲み出ているような感じがして，私も味わい深い聴きものとし てたっぷりと楽しませてもらいました。 いろいろややこしいことを述べてしまいましたが，このＣＤに収録された演 奏はいずれもクレンペラーのパーソナリティや持ち味が発揮された実に味わい 深い名演揃いであるだけでなく，演奏とコミュニケーションのできる得難い聴 体験を約束してくれる名録音であり，ＥＭＩ録音でこれらの作品をお聴きの方 でも重ねて聴く価値があると思いますし，とにかく多くの方に一聴をお薦めし たいと思います。
2003.6.23
