ムローヴァとガーディナーによるベトコンとメンコン
◎ベートーヴェン ヴァイオリン協奏曲 メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲 ムローヴァ（ヴァイオリン），ガーディナー指揮， オルケストル・レヴォリュショネール・エ・ロマンティーク 蘭PHILIPS 473 872-2 当代一の人気ヴァイオリニストとしてだけでなく，最近は古楽アンサンブル や，ジャズミュージシャンなどと競演するなど，開放的な感性で活動の幅を広 げてきているムローヴァの最新盤です。昨年６月にワトフォードで録音されて います。 今回は，ガーディナー指揮のオルケストル・レヴォリュショネール・エ・ロ マンティーク（ＯＲＲ）によるベートーヴェンとメンデルスゾーンという大注 目盤です。こういった演奏の場合は使用している楽器にも関心があるところで すが，解説書には使用楽器や編成に関する記述はありません。 それで，最初に収録されているベートーヴェンの方から聴き始めると，ＯＲ Ｒのナチュラルでカラッとしたスピード感のある響きが実に魅力的で，ダイナ ミックレンジの幅も広く，この作品独自の晴れやかな雰囲気を実に心地よく描 き出していますし，要所要所での管楽器の絶妙な技も印象的です。 ムローヴァのヴァイオリンも通常のモダン楽器の音ではなく，詳細は知りよ うもありませんがガット弦を使用しているようで，木質系の素材の味わいとで もいえばいいのか，生のままのフレッシュな響きと，細やかで淡々とした弾き ぶりで，これを聴いていると，穏やかな晴天の中に身を置いているような，爽 快な幸福感を覚えましたし，時に控えめにすら思えるこの演奏からはムローヴァ が抱いている愛情深さが伝わってくるように思います。 もちろんこの演奏の世界は，作品の一般的なイメージと大きく異なるもので はありませんが，これほど爽快な演奏で聴くのは初めての経験ですし，演奏家 の確かな技量と細やかな表情がよく伝わってくるとしても，それ以上に，目の 前で鳴り響いている演奏の向こうに，この作品が書かれた２００年前の晴れや かな空が見えてくる，実に印象深い名演ではないかと思いますし，一時の思い 込みに過ぎないかも知れませんが，初めて作品の真の姿に触れたような気すら しています。 なお，カデンツァはアカデミア・ビザンチナのリーダーであり，鍵盤楽器奏 者であるオッタヴィオ・ダントーネ作のもので，作品のモチーフを巧みに用い て旋律を心地よく歌い上げており，ヨアヒムやクライスラーのものよりも小振 りでスタイリッシュな印象ですが，この演奏のコンセプトにマッチしていると 思います。 続いて演奏されているメンデルスゾーンの協奏曲では，聴き始めてすぐにム ローヴァのソロが聴き慣れたモダン・ヴァイオリンの音色に近づいていること に気付きますが，弦や弓や奏法の違いなのか，あるいは楽器ごと替えているの かまでは分りません。ＯＲＲの響きも１９世紀の演奏を再現しているといった 印象があります。 こちらのでのムローヴァの演奏は，ヴィヴラートをかけながら朗々と旋律を 歌い上げていますし，細やかで多彩な表情の変化にはロマンティックな味わい がありますし，何よりもムローヴァ自身が感じ入りながら演奏しているのが伝 わってきて，表現の真正さに胸を打たれる名演を聴かせてくれています。 ガーディナー指揮のＯＲＲも，ベートーヴェンでの穏やかな晴天を思わせる 響きの世界から一変して，照明に照らされた演奏会場で聴いているような雰囲 気があります。もちろんそれでも現代のオーケストラほどのきらびやかさはな く，つや消しのソノリティの美しさが印象的です。また，強弱の対比の鮮やか さは現代のオーケストラを凌ぐほどで，第３楽章のフィナーレでのフォルテの 強烈さなどは当時のオーケストラから鳴り響いていたわけではなく，現代の演 奏における解釈なのかもしれません。 このＣＤに収録されて２つの演奏はそれぞれ作曲された当時の響きを再現し ようとしているようで，いずれ劣らぬ味わいをもった名演でしたが，ベートー ヴェンの場合は演奏家自身のメッセージよりも，作品が表現している世界であ るとか，当時の空気に触れる思いだったのに対し，メンデルスゾーンの方にな ると作品や演奏家の主体性やメッセージ性が強く感じられました。 そんなわけで，このＣＤはヴァイオリン協奏曲の定番中の定番といえる２曲 を，それぞれの作品にふさわしい演奏によって，全く違った世界を聴かせてく れており，これら２曲の演奏を聴き慣れた方にも大変新鮮に感じられると思い ますし，演奏の新規性だけでなく，非常にハイレベルなセンスの演奏が堪能で きる１枚であり，強力に推薦したいと思います。
2003.6.15
