レック指揮，パレルモ・マッシモ歌劇場の「ルル」ライヴ録音
◎ベルク 歌劇「ルル」（２幕版）<2001.1>
ルル アナート・エフラティ（ソプラノ） ゲシュヴィッツ伯爵令嬢 ドリス・ゾッフェル（メゾ・ソプラノ） 劇場の衣装係
ギムナジウムの学生モニカ・ミナレッリ（アルト） 医事顧問官 アダルベルト・ヴァラー（バリトン） 画家 クラウデ・ピア（テノール） シェーン博士 イェルゲン・リン（バリトン） アルヴァ イアン・ストレイ（バリトン） 猛獣使い
ロドリーゴリデリック・ケネディ（バス） シゴルヒ テオ・アダム（バス） 公爵
従僕エツィオ・ディ・チェザーレ（テノール） 劇場支配人 ボード・シュヴァンベック（バス）
シュテファン・アントン・レック指揮，パレルモ・マッシモ歌劇場管 独ARTE NOVA 74321 87070-2 何を隠そう，古今のクラシック音楽作品の中で私が最も愛好している作品 はベルクの歌劇「ルル」であり，その「ルル」の新譜が昨年発売になってい て，これは通販で注文して届くのを首を長くして待っていたのでしたが，実 は私の勘違いで注文していなかったことが分かり，慌ててＣＤショップで買 い求めました。２枚組で税抜き１,１９０円という申し訳ないような価格で した。 これは２００１年１月のパレルモ・マッシモ歌劇場でのライヴ録音で，指 揮をしているレックは，２０００年４月からこの歌劇場の音楽監督に就任し ています。 この上演は，チェルハ補筆による３幕版が出版されてからはむしろ珍しく なった２幕版で，この版での上演の際の慣例となっている，第２幕上演後に ルル組曲から第４曲「変奏曲」と第５曲「アダージョ」をコーダ風に奏して 終了しています。 私はこの歌劇場の演奏をこれまで聴いたことがなく，どの程度の実力があ るのか全く分らずに聴き始めたのでしたが，レックの指揮の下，この難曲を 克明かつ実に雄弁な表現によって描き出しており，スコアが「見える」演奏 であるために作品の姿がひときわ明瞭に伝わりますし，ここで聴かれる複雑 多様で壮絶な美しさは，この作品がいかに稀有なる傑作であるかを再認識さ せられる思いがします。 あえて贅沢をいうなら，これは非常に高水準の演奏であることを認めつつ も，１つ１つのフレーズがやや生硬で自在さを獲得するには至っていないよ うであり，それぞれの場面が要求する表現の熟度というか，練達の味わいが あるとさらに説得力を増すのではないかと思ってしまったのも事実です。と はいえこれは好みの問題でもあり，この演奏のようなかっちり弾き込まれた 演奏を望まれる方も少なくないと思います。 タイトルロールのルルを歌うアナート・エフラティは，声域の広い引き締 まったドラマチック・ソプラノの声で力感も浸透力もあり，跳躍する音程を 安定感を持って歌っていて，台詞やレチタティーヴォ風の部分での表現力も 申し分なく，どこをとっても過不足のないルルといえるのではないかと思い ます。ただし，ここでもあえて贅沢をいうなら，相手の感情を弄ぶ無造作で 無関心な表情や，自らの感情を訴えるときの危うさを秘めた激烈さ，そして 男たちを次々と破滅の淵に引き込んでしまう抗しがたい艶やかさといった， 尋常ならざる領域でのさらに踏み込んだ表現があると申し分ないのですが， これはあまりに高度な要求に過ぎるかもしれません。 ゲシュヴィッツ伯爵令嬢のドリス・ゾッフェルは，ルルへの純粋な思いと 痛々しいまでの献身を切実に歌い上げていましたし，シェーン博士のユルゲ ン・リン，アルヴァのイアン・ストレイ，そしてシゴルヒのテオ・アダムと いった男声陣も，魔性の女に翻弄され逃れることができない，男の中の弱い 部分を，それこそなりきって演じており，いずれも聴いていて身につまされ る思いがするほどで，確かにルルほどの人間離れした表現力を要求されては いないとはいえ，役どころを見事に歌いきっていると思いました。 「ルル」の録音は今なお決して多いとはいえませんし，やはり難曲中の難 曲ということなのか，なかなか申し分ないといえる録音が現れていないのが 現状なのですが，そんな中で，このレック指揮のライヴ録音は克明に作品が 理解できて，劇的な表現に欠けることもなく，声楽陣も総じて非常に優秀で あり，さらには録音も非常に生々しく，これは「ルル」を聴くためのファー ストチョイスとして自信を持ってお薦めできるものだと思いますし，私自身 も，今後「ルル」を聴こうというときには，同じく２幕版のドホナーニ盤と 並んで手が伸びる録音になるだろうと思います。 最後にＢＭＧファンハウスには，このＣＤを歌詞対訳を付して国内盤で発 売されることを強く強く要望したいですね。
2002.2.17
