シギスヴァルト・クイケンのバッハ無伴奏の新録音
◎Ｊ・Ｓ・バッハ 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ（全曲） シギスヴァルト・クイケン（ヴァイオリン） 独HARMONIA MUNDI 05472 77527 2 (2CD) ピリオド・インストルメンツによる，ヴァイオリン演奏の先駆者の１人であ り，古楽界をリードしてきたシギスヴァルト・クイケンが，１９８１年の録音 以来，久々にバッハ無伴奏全曲を再録音しました。 この作品はヴァイオリニストにとって，最もチャレンジ精神をかき立てられ る作品の１つでしょうし，先のシギスヴァルトの録音後にもモダン，バロック を問わず，幾多の録音がリリースされていますが，バロック・ヴァイオリンに よる演奏としては真打ち登場の感があり，どんな演奏が聴けるか非常に楽しみ です。 使用している楽器は前回録音のときと同じ １７００年頃のミラノのジョヴァ ンニ・グランチーノで，弓も同一のようです。バッハの自筆譜によって演奏し ている点も同じですが，録音場所は前回はローマのメディチ荘で，今回はシエ ナのキジアーナ音楽院ということです。 一聴してすぐに気付くのは，ほどよい距離感を保ちながら豊かな残響を伴っ て録音されていることで，前回の録音では音像を近く捉え，残響が背後に後退 していたのとは対照的ですが，演奏自体は十分に明瞭に捉えられていて，録音 会場に居合わせて聴いているような臨場感のある録音だと思います。 肝心の演奏の方はというと，ひときわ自然で滋味深い音の溶け合いが見事で， 抑制された中にも深い共感や思い入れが込められていると同時に，作品に対す る敬虔な姿勢が感じられ，何気なく流れていくようなフレージングの中にも実 はシギスヴァルトの達意の筆致で描き出された汲めども尽きぬ味わいが湛えら れていて，聴くほどに味わいの増す素晴らしい演奏です。 それにしても，バロック・ヴァイオリンでの演奏においても，これだけ深まっ た内容を表現するようになると，聴き手の精神に訴えかける真正さにおいて， 巨匠ヴァイオリニストたちの偉大な録音での演奏に比しても遜色ないレベルに 達しつつあることを実感せずにはいられません。 私はこれまで，モダン楽器とバロック・ヴァイオリンの演奏とは全く別物で あり，同列に論じられないと思っていたのでしたが，演奏を通じて本質に迫ろ うとするという点において異なるものではなく，バロックヴァイオリンの演奏 でもこれだけの内容の演奏が聴けたということは私にとっても大きな収穫でし た。 そんなわけで，この録音は（バロック・ヴァイオリンによる）という括弧書 きなしでバッハ無伴奏の演奏として論じうる演奏がついに現れたという意味で も画期的な成果といえると思いますし，この点においてもまたもシギスヴァル トは先駆者としての足跡を残したのではないかと思います。シギスヴァルト自 身のものを含め，これまで出ていたバロック・ヴァイオリンによるバッハ無伴 奏の録音とは次元の異なる画期的名演として一聴をお薦めします。
2001.6.3
