クーベリック指揮チェコフィルの「わが祖国」来日公演ライヴ
◎スメタナ 連作交響詩「わが祖国」全曲 クーベリック指揮，チェコフィル <1991.11> 米PANDORA'S BOX CDPB 234 これはおそらく，１９９１年１１月２日のサントリーホールでの来日公演の ライヴ録音です。 クーベリックは１９９０年５月１２日の「プラハの春」のオープニングコン サートで同じチェコフィルと「わが祖国」を演奏したのでしたが，これはクー ベリックが４２年ぶりに祖国に戻った記念すべきコンサートで，ＮＨＫでもテ レビ放映されたほか，ＣＤやＬＤ，ＤＶＤでも発売されています。 この作品に関しては，クーベリックはこれ以前にもシカゴ響，ウィーンフィ ル，ボストン響，バイエルン放送響との録音があり，いずれ劣らぬ名演として 定評のあるものですが，とりわけこの「プラハの春」のライヴ録音は，落ち着 いた中にも揺るぎのない確信が漲っていて，オーソドックスな範疇の演奏とは いえ，そこには誇りと精神の高らかさが確固として伝わってきて，聴き手に万 感の思いを抱かせずにはおかない希有の名演として拝聴しています。 そして翌１９９１年の１１月にはクーベリックとチェコフィルが来日公演を 行い，まさに「プラハの春」の再現として当時大きな話題となりました。私自 身この来日公演はなんとしてでも聴きたかったのですが，チケットを入手する ことができず，実演に接することができなかったことは今なお非常に残念な思 いを抱いています。 この１１月２日のサントリーホールでの来日公演はＮＨＫが収録し，ＦＭや ＮＨＫ教育テレビ，ＢＳ２でも放送されました。しかし，どういうわけか私は そのいずれも視聴し損なっているのです。そのため，この来日公演がどのよう な演奏であったのか大変気になっていたのですが，それがついにＣＤとなって 発売されたということで，もう飛び付いて入手しました。 それでさっそく聴いてみた印象なのですが，基本的に「プラハの春」での演 奏に非常に類似していて，これはある意味当然とも思えるところでしょうが， チェコフィル独自の木質の響きは，適度に洗練されながらも芳醇さを漂わせて いて，私などはこれを聴くだけでも耳の快楽を感じてしまうほどです。 また，この演奏でもクーベリックは自信と確信に満ちた自在な境地の演奏を 繰り広げており，確かに「プラハの春」の再現を思わせるだけの充実した演奏 を聴かせています。 しかしながら，この録音を聴いて非常に意外に感じたのは，確かに演奏のコ ンセプトが瓜二つなのは事実としても，やはり「プラハの春」でのライヴのよ うな，晴れやかさの中にも張りつめた雰囲気，１つ１つの音に対する集中度， そして演奏に込められた万感の思いといった点では大きく聴き劣りがすること で，やはり「プラハの春」でのドキュメントは２度と繰り返されない，希有の 出来事であったのだなとの思いを新たにしました。 とはいえこの演奏は，たしかに歴史的な一世一代の舞台に挑むといったもの ではないにせよ，一般的な尺度でいえばどこまでも見事な演奏であり，１年半 前に「プラハの春」の感動的な出来事があったとしても，その場に居合わせた 人たちが共有したであろう特別な雰囲気や感情までをも東京で再び再現すると いうのはどだい無理な話なわけで，やはりこれだけの演奏を成し遂げてくれた ことに感謝すべきなのだろうと思います。 そんなわけで，このＣＤで聴ける演奏は「プラハの春」のライヴ録音と同じ 物差しで比較するのではなく，それぞれの置かれた状況でそれぞれに見事な演 奏が行われた記録として拝聴すべきだろうと思います。だた，私自身は「プラ ハの春」のライヴで強烈な感銘を受けたこともあって，重ねてこのＣＤを聴く までもないかなという思いであることも事実です。
2001.4.10
