田部京子の弾くシベリウス・ピアノ小品集
◎シベリウス ５つのロマンティックな小品 作品１０１ −ロマンス −夕べの歌 −叙情的情景 −ユモレスク −ロマンティックな情景 ５つのピアノ小品（樹木）作品７５ −ななかまどの花が咲くとき −孤独な樅の木 −ポプラ −白樺 −トウヒの木 ５つのピアノ小品（花）作品８５ −ひな菊 −カーネーション −アイリス −金魚草 −つりがね草 ５つのスケッチ 作品１１４ −風景 −冬の情景 −森の湖 −森の中の歌 −春の幻影 ５つの性格的な印象 作品１０３ −村の教会 −ヴァイオリン弾き −舟の漕ぎ手 −嵐 −悲しみに沈んで 田部京子（ピアノ） 英CHANDOS CHAN 9833 ＤＥＮＯＮレーベルの他，英シャンドスレーベルにも録音を行っている田 部京子が今度はシベリウスを録音しました。このＣＤは少し前に入手したま ま未聴だったのですが，ここのところかなり冷え込んできて，こういった作 品を聴く心持ちになったこともあって聴いてみることにしました。 この録音が行われたのは，吉松隆の録音を聴いたシャンドスのプロデュー サーのラルフ・カズンズが「シベリウスなんかが似合うんじゃないか」と言っ たのがきっかけなんだそうで，それで田部はシベリウスの楽譜を可能な限り 取り寄せて検討した上で上記収録曲を選んだそうなのですが。驚いたことに， 数年前に舘野泉がキャニオン・クラシックに録音した「アイノラのシベリウ ス」というＣＤの収録曲とほとんど同じで，舘野盤は以上に加えて，３つの ソナチネ作品６７が収録されていました。 ◎キャニオン・クラシック PCCL-00243 このＣＤに収録されているのは，シベリウスの作曲家としてのキャリアの 後半のもので，交響曲５番から７番と同時期にあたります。シベリウスの作 品には膨大な録音がありますが，これらピアノ曲の録音は決して多くはなく， まだまだ知名度が低い「埋もれた作品たち」なのではないでしょうか。 それでさっそく聴いてみましたが，管弦楽曲や劇音楽などで聴かれる，雄 大，壮大，英雄的な世界とは正反対の，日々の生活の中でふと感じたものを 丁寧に拾い上げて作品を紡ぎあげたような繊細さに満ちた作品たちで，ひん やりとした雰囲気の中に仄かなもの寂しさの漂わせていて，聴き手の胸にそ こはかとない懐かしさやメランコリーを喚び起こすような印象です。 演奏の方も，華麗さよりもむしろデリケートな表現を得意とする田部の持 ち味が十二分に活かされており，作品を完全に消化して自分のものとした上 での自然な表現として顕れているために，この演奏と聴き手の心の間に何ら 隔てるものがなく，真っ直ぐに共感が伝わってくる思いのする大変素晴らし いものです。 おそらくこのＣＤに関しては，私のこんな感想を待つまでもなく，誰が聴 いても同じような印象を抱いて胸の中が満たされる思いのするという類のも のではないでしょうか。これは名曲名演がひしめくクラシック音楽ＣＤの中 にあって，野辺に咲いた可憐な花のような慈しむべき１枚だと思います。 録音は，シャンドスらしい無色透明系のくっきりした音で，このトーンキャ ラクターは作品と演奏と大変よく合っていて，まさにトータルにコンセプト の一貫したＣＤに仕上がっていると思います。あえて難をいえばシベリウス の写真をあしらった濃いめのインプレッションのジャケットデザインを，も う少し収録内容に沿った繊細なものにしてほしかったなと思います。
2000.11.4
