カラヤン＆ベルリンフィルのマーラー９番初登場ライヴ
◎マーラー 交響曲第９番 <1982.5.1> カラヤン指揮，ベルリンフィル 米sardana sacd-223〜4 初リリースとなる，カラヤン指揮ベルリンフィルのマーラー９番ということ でさっそく入手して聴いてみました。 カラヤンのマーラー９番といえば，グラモフォンからスタジオ録音とライヴ 録音の２つが出ていて，このライヴは時期的には２つのグラモフォン盤の間に 入ります。 カラヤンがこの曲を指揮し出したのは，１９７９年１０月にバーンスタイン がベルリンフィルを指揮して伝説的名演を行った辺りからで，この直後の同年 １１月から翌年９月までかかってスタジオ録音を行いました。この録音はカラ ヤンの統率の下に驚異的に美しいアンサンブルを聴かせていたのでしたが，背 後にバーンスタインの面影を感じる演奏と言われたりもしました。 カラヤン自身もそう感じていたかどうかは分りませんが，その後実演でも指 揮するようになって，１９８２年１月３０＆３１日にベルリンのフィルハーモ ニーホールで，このＣＤの演奏である１９８２年５月１日にベルリンのフィル ハーモニーホールで，２日後の５月３日にウィーンのムジークフェラインザー ルで，同年８月２７日にザルツブルクで指揮し，同年９月３０日のベルリン芸 術週間でのライヴ録音がグラモフォンからＣＤ化されました。その後，カラヤ ンはこの作品を指揮していません（オケは全てベルリンフィル）。 このグラモフォンのライヴ録音ＣＤは，カラヤン自身の希望によりＣＤ化さ れたということで，ここに至ってようやくカラヤン自身が納得できる演奏がで きたということなのだろうと思います。その意味では，今回聴いたライヴ録音 は，未だその道程にある演奏と言えるかもしれません。 それで，このＣＤの演奏なのですが，いやこれが実に素晴らしいのです。グ ラモフォンから出ている２つの録音以上に，思いの丈を演奏にぶつけた，正に 精根尽き果てるようなのめり込みが聴かれて，カラヤンもここまでやるかと思 えるほどの大熱演で，聴いていて終始圧倒されっ放しでした。演奏終了後の聴 衆の反応も，カラヤン＆ベルリンフィルを聴きなれているはずのフィルハーモ ニーホールの聴衆なのに，凄いものを聴いてしまったという驚きにも似たどよ めきの瞬間があって，その後徐々に拍手が大きくなりやがてブラボーが聴こえ るというものでした。 そんな演奏ですから，これはグラモフォンのライヴ録音ＣＤ以上に，表現力・ 説得力を持った演奏だと思います。これはバーンスタイン＆ベルリンフィルの ライヴ録音と全く甲乙付けがたい出来だと思います。 ただ，ここからは推測になりますが，この演奏をもってしてもカラヤンはま だ満足できなかったんでしょうね。これは確かに大熱演，大名演には違いない のですが，カラヤン自身の冷静なコントロールが全体を支配した演奏ではない のです。カラヤンの美学というのは，自分自身の内面の情熱を露わにすること では決してないので，この演奏は後世に録音として残す演奏としては不適格と 思ったのではないでしょうか。 それが，１９８２年９月３０日の演奏では，ついに隅々まで自らのコントロ ールの行き届いた，エモーションはあってもそれもカラヤン自身の冷静な範囲 内である透徹した演奏ができたので，このライヴ録音をＣＤ化し，ようやくこ の作品を通じてのバーンスタインの亡霊との戦いに終止符を打ったということ のように思えます。 その意味では，カラヤン自身の意図という面ではグラモフォンのライヴＣＤ 聴くべきなのでしょうが，しかし，この５月１日の演奏も紛れもないカラヤン だけの演奏であり，しかもこの録音でなければ聴くことのできない驚異的な説 得力があるのは事実であり，カラヤン自身はこれを聴かれるのは恥ずかしいの かもしれませんけど，優れた芸術は人類共通の遺産であり，広く鑑賞されるべ きであるという観点からすれば，この演奏も広く聴かれるべき価値を持ってい ると思います。 このＣＤは盤面がＣＤ−Ｒであり，海賊盤であることは間違いないでしょう が，しかし，このＣＤを聴くことによって，私はマーラー９番に挑んだカラヤ ンの足跡を感じ取ることができたのは事実です。このことは，当時実演を聴い た方の証言を伺うとか，演奏評を読むとかいっただけでは決して得られるもの ではなく，やはり演奏そのものを聴くことによって得られるものであり，その 意味でも，私はこの録音を聴けたことに深く感謝の念を抱いています（でも誰 に対してでしょうね？）。 もっとも，ＣＤ化に関してはほかの可能性も考えられ，この録音は第１楽章 が始まって間もなく，バーンという大きな音が入ってますし，４楽章の静かな ところでの聴衆の咳が気になるところもあって，実はこういった録音上の疵が ＣＤ化されなかった原因だったのかもしれませんが，演奏を聴いていると，私 としては以上のことのように思えてなりません。
2000.3.20