世紀の名演！チョン・キョンファのベートーヴェン協奏曲ライヴ
◎ベートーヴェン ヴァイオリン協奏曲<1986.6.18> チョン・キョンファ（ヴァイオリン）， テンシュテット指揮，シカゴ響 米 'Fuchmann fur Klassischer Musik' Society FKM-CDR-2 昨年出たＣＤですが，これまで未聴でした。チョン＆テンシュテットのベー トーヴェンの協奏曲は，コンセルトヘボウ管との１９８９年のライヴ録音が ＥＭＩから発売されています。こちらはそれよりさらに３年前の演奏です。 チョンは，何事にも正面からぶつかっていくタイプで，それゆえ，その時々 の彼女の心のあり方，多くの場合葛藤が，演奏に如実に反映してしまっている ように思っているのですが，この演奏は心の波風の立たない，大変平明なもの で，要するにものすごくおとなしくて当たり前の演奏なのですが，その穏やか な音色には静かな喜びが溢れ，どこまでも自然な歌心に溢れた歌い口は聴き手 に並々ならぬ感銘を与えます。 もちろん，こういった演奏の方向は，その後現在に至るまでのチョンの演奏 スタイルになってきているのですが，その後のどの演奏を聴いても，今回ほど の感銘には至ってないように思います。 そうすると，どうしてこの演奏に限ってこんなに素晴らしいのだろうとつい 考えてしまいます。私はこの時期のチョンの身辺がどうだったのかは知らない のですが，例えて言えば，病から回復した瞬間，苦悩から解放された瞬間の， 言いようのない喜びと安堵と感謝の入り交じった感情が現れているようにも感 じられます。そのため，以後の演奏では平時の演奏になるためか，演奏の技量 としては全く遜色ないにもかかわらず，聴き手に特別の感情を抱かせるところ まではいかないのかもしれません。 テンシュテットの指揮も，チョンの演奏と同じ世界を表出していて，これは おそらく，テンシュテットの方がチョンの演奏の世界を感じ取ったのではない でしょうか。それでテンシュテットはその気になれば非常に器用な指揮者です から，シカゴ響を指揮して見事にチョンの演奏と同じ世界を創り出したように 思われます。その意味では，この２人にとっても一期一会の演奏だったのかも しれないですね。 ここで聴かれるクラスの演奏を普段からできるようになれば，その時はチョ ンはティボー，クライスラー級（要するに今世紀トップクラス）のヴァイオリ ニストだと言っていいと思いますが，まだそこまではいってないんでしょうね。 逆に言うと，この演奏はティボー，クライスラー級の演奏だと思います（よく， セールス文句でティボー，クライスラー級とか再来とか書かれることがありま すが，それが真実だったことはおそらく一度もないでしょう。それだけにこう いう形容ができるというのは凄いことです。）。 私はベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の演奏でいちばん素晴らしいと思っ ているのは，昨年ついに発売になったティボー盤なのですが，このチョンの演 奏もそれに匹敵すると思います。今回は少し想像力を働かせて感想を書いてし まいましたが，私がこの演奏を聴いて感じたことはまさにこのようなことなの でした。
2000.3.5